セロハンテープは、必要なときにすぐ使える便利な道具として、私たちの生活にすっかり定着しています。しかし、その歴史をたどってみると、現在の身近なイメージとは少し異なる一面が見えてきます。
第135回雑学調査レポートでは、そんな「セロハンテープ」に関する雑学をご紹介していきます。
セロハンテープは1930年にアメリカで誕生した
学校やオフィス、家庭などで日常的に使われているセロハンテープ。その歴史は、1930年のアメリカから始まります。
開発したのは、『3M』で働いていたリチャード・ドリューです。
当時、透明なセロハンは商品の包装などに使われていました。しかし、透明な包装をきれいな状態のまま閉じる方法には課題がありました。
そこでドリューは、透明なセロハンに粘着剤を組み合わせます。こうして1930年に誕生したのが、透明なセロハン粘着テープです。『3M』によると、セロハンの透明感を生かしながら包装を閉じられる製品として開発され、その後は破れた本や書類の補修など、さまざまな用途にも使われるようになりました。
『3M』の日本向けサイトでは、1930年に登場したテープについて、水分や湿気に強く、食料品店やベーカリーなどの商品包装用として普及したと説明されています。
現在は文房具という印象が強いセロハンテープですが、最初からノートや紙を貼るために作られたわけではありません。もともとは、透明な包装をきれいに閉じるために生まれた製品だったのです。

日本で生産が始まるきっかけを作ったのはGHQ
アメリカで誕生したセロハン粘着テープが、日本で本格的に作られるようになったのは第二次世界大戦後です。
そのきっかけを作ったのがGHQでした。
GHQは「連合国軍最高司令官総司令部」のことで、戦後の日本を占領・管理していた組織です。
当時のGHQは手紙を検閲しており、そのために封筒を開封することがありました。開けた封筒を再び閉じるときに使われていたのが、アメリカ製のセロハン粘着テープです。
ところが、アメリカから日本へテープを運ぶ輸送に遅れが発生し、必要な量を確保することが難しくなりました。
そこでGHQは、アメリカから運び続けるのではなく、日本国内でセロハン粘着テープを作れないかと考えます。
1947年12月、製造先として声をかけられたのが『日絆工業』でした。現在の『ニチバン』です。
つまり、日本でセロハン粘着テープの生産が始まった背景には、「検閲で開けた手紙をもう一度閉じるためのテープが足りない」という、戦後ならではの事情があったのです。
『日絆工業』は絆創膏の技術をテープ作りに生かした
なぜGHQは、『日絆工業』にセロハン粘着テープの製造を依頼したのでしょうか。
大きな理由の一つが、同社がすでに粘着製品を作る技術を持っていたことです。
『日絆工業』は以前から絆創膏を製造していました。絆創膏も、粘着剤を使って皮膚などに貼り付ける製品です。
同社には、粘着剤を作ったり、材料に均一に塗ったりするための技術が蓄積されていました。
その技術を応用して、セロハン粘着テープの試作に取り組みます。
『ニチバン』の100周年記念サイトによると、1947年12月にGHQから製造を打診されてから、わずか1カ月ほどで試作品を納品しました。
最初から完成度の高い製品ができたわけではありません。『ニチバン』は、最初の試作品について十分に満足できる品質ではなかったと説明しています。
それでも、短期間でセロハン粘着テープを試作した技術力はGHQ側から評価され、大量生産の発注につながりました。
その後はGHQへの納入を続けながら製品を改良し、安定して生産できる体制を整えていきました。
1948年6月に「セロテープ®」として一般発売
GHQ向けの生産を続けるうちに、セロハン粘着テープを安定して作れるようになります。
そこで1948年6月、『日絆工業』は一般向けの商品として「セロテープ®」の販売を始めました。
ところが、発売しただけではなかなか売れませんでした。
現在なら、紙が破れたり、何かを壁に貼ったりするときに「テープを使おう」と考える人は多いでしょう。
しかし、発売当時の日本では、物を貼るために粘着テープを使う習慣そのものがほとんどありませんでした。便利な商品を発売しても、「何に使うのか」が消費者に伝わっていなかったのです。
そのため『日絆工業』は、商品を売るだけでなく、テープの使い方そのものを広める必要がありました。
宣伝カーや実演販売で「テープを貼る習慣」を広めた
「セロテープ®」を知ってもらうため、『日絆工業』はさまざまな宣伝活動を行いました。
代表的な方法が、広告を載せた宣伝カーです。宣伝カーで全国を巡り、「セロテープ®」という新しい商品と、その便利な使い方を紹介していきました。
デパートには、当時「マネキン」と呼ばれていた実演販売員を配置しました。実際にテープを使う様子を見せながら、どのように使えばよいのかを消費者に伝えたのです。
現在では当たり前になっている「テープで貼る」という行動も、当時の日本では新しいものでした。
そのため、単に商品の名前を宣伝するだけでは十分ではありません。「これは何に使うものなのか」「使うと何が便利なのか」というところから説明する必要がありました。
こうした地道な普及活動と製品の改良が続けられたことで、「セロテープ®」は少しずつ生活の中に浸透していきます。
やがて家庭や学校、オフィスなどで使われる身近な文房具の一つになりました。
「セロテープ」はセロハンテープ全体の名前ではない
現在では、透明な粘着テープをまとめて「セロテープ」と呼ぶことがあります。
ただし、「セロテープ」は商品の種類を表す一般名称ではありません。
「セロテープ®」は『ニチバン』が使用しているセロハン粘着テープの登録商標です。『ニチバン』自身も、同社のセロハン粘着テープの登録商標であると案内しています。
商品の種類を一般的に表現する場合は、「セロハンテープ」や「セロハン粘着テープ」などと呼ぶことができます。
1948年の発売当時は、使い方そのものを説明しなければならなかった「セロテープ®」。それから長い年月をかけて生活に浸透し、「セロテープ」という言葉が透明な粘着テープを連想させるほど身近な商品になっていきました。
まとめ
- セロハンテープは1930年にアメリカの『3M』でリチャード・ドリューによって開発された
- セロハンテープは、もともと透明な包装をきれいに閉じるための製品として誕生した
- 日本でセロハン粘着テープの生産が始まるきっかけを作ったのは、戦後のGHQだった
- GHQは検閲で開封した手紙を再び封かんするため、アメリカ製のセロハン粘着テープを使用していた
- テープ不足を受け、GHQは1947年12月に現在の『ニチバン』である『日絆工業』へ製造を依頼した
- 『日絆工業』は絆創膏で培った粘着技術を応用し、約1カ月でセロハン粘着テープを試作した
- 1948年6月には「セロテープ®」として一般向けの販売が始まった
- 発売当時は粘着テープを使う習慣がほとんどなく、宣伝カーや実演販売によって使い方から広めていった
- 「セロテープ®」はセロハンテープの一般名称ではなく、『ニチバン』の登録商標である
セロハンテープが現在のような身近な文房具になるまでには、開発だけでなく、戦後の事情や企業による地道な普及活動がありました。
いつも使っている道具の背景を知ると、何気ない日用品にも少し違った見方ができそうです。

