何気なく使っている文房具の中には、意外な歴史を持つものがあります。消しゴムもその一つです。現在では当たり前のように使われていますが、その背景をたどると、思いがけない人間の工夫が見えてきます。
第72回雑学調査レポートでは、そんな「消しゴム」に関する雑学をご紹介していきます。
鉛筆の字を消す道具は、最初から消しゴムではなかった
今では、鉛筆と消しゴムはほとんどセットのように考えられています。学校でも、鉛筆で書いた文字を間違えたら、消しゴムでこすって消します。ところが、鉛筆が使われ始めたころから、すぐに消しゴムがあったわけではありません。
消しゴムが登場する前、人々は鉛筆や木炭の跡を消すために、パンを使っていたとされています。『日本筆記具工業会』は、16世紀に黒鉛が鉛筆として利用されるようになったころ、良い「消し具」がなく、小麦パンで消していたと説明しています。『トンボ鉛筆』も、消しゴムの歴史として、当時は小麦パンで消していたと紹介しています。
ここで使われたパンは、食卓に出るふわふわのパンというより、やわらかい部分や、少しかたくなったパンを丸めたものだと考えると分かりやすいです。資料によっては「古くなったパン」「パンくず」「皮を取ったパン」と説明されています。つまり、昔の人は文房具ではなく、食べ物を使って鉛筆の線をこすり取っていたのです。
なぜパンで鉛筆の線が消せたのか
パンで字が消えると聞くと、不思議に感じるかもしれません。しかし、鉛筆の線の正体を考えると、しくみはそれほど難しくありません。
鉛筆の芯は「鉛」と書きますが、実際には鉛ではなく、主に黒鉛、つまりグラファイトという炭素の仲間です。鉛筆を紙に走らせると、黒鉛の細かい粒が紙の表面や紙の繊維にくっつき、それが黒い線として見えます。『Popular Science』の記事では、鉛筆の跡は黒鉛の小さな粒が紙に残ることでできると説明されています。
パンのやわらかい部分を紙に押しつけてこすると、パンが少し崩れながら黒鉛の粒をからめ取ります。パンは完全にツルツルした物体ではなく、細かなすき間を持ったやわらかいかたまりです。そのため、紙の表面にある黒鉛の粒を少しずつ抱え込むことができます。
ただし、パンは消しゴムとして完璧ではありません。こするとパンくずが出ますし、手や紙が汚れることもあります。食べ物なので、保管しているうちに乾いたり、傷んだり、虫が寄ったりする問題もあります。文字を消す道具としては使えても、毎日安定して使う文房具としては不便だったのです。

1770年、天然ゴムが鉛筆の線を消せると分かった
パンの時代を大きく変えたのが、天然ゴムです。
1770年、イギリスの化学者ジョセフ・プリーストリーは、天然ゴムが鉛筆の線を消すのに向いていることを記述しました。『History of Information』は、プリーストリーが1770年4月15日に、黒鉛の鉛筆の跡を紙からぬぐい取るのに適した物質として天然ゴムを説明したと紹介しています。
同じ1770年には、イギリスの技術者エドワード・ネアーンが、初期のゴム製消しゴムを販売した人物として紹介されています。『Made up in Britain』は、ネアーンが1770年にゴム製の筆記用消しゴムを作ったと説明しています。また、プリーストリーも同じ年に、天然ゴムが鉛筆の跡を消すのに役立つことを記述しています。
「rubber」という名前も、こすることから広まった
英語で消しゴムは「eraser(イレイサー)」と言いますが、イギリスなどでは今でも「rubber(ラバー)」と呼ばれることがあります。これは、もともと天然ゴムそのものを指す言葉としても使われます。
『History of Pencils』は、天然ゴムが鉛筆の跡を消せると分かったあと、「rubber」という名前が「こする」という意味の “rub(ラブ)” に由来して広まったと説明しています。つまり、英語の「rubber」は、「こすって消すもの」という性質から文房具の名前になっていったのです。
日本語の「消しゴム」という名前も、よく見るとおもしろい言葉です。「消す」と「ゴム」が組み合わさっています。現在の消しゴムにはプラスチック製のものも多く、すべてが天然ゴムでできているわけではありません。それでも、「消しゴム」という名前には、天然ゴムで文字を消した歴史が残っているのです。
初期のゴム製消しゴムは高級品だった
天然ゴムでできた消しゴムは、パンよりも便利でした。食べ物ではないため、パンほど簡単に傷むわけではありませんし、黒鉛の粒をよりよく取り除くことができました。
しかし、初期のゴム製消しゴムは、誰でも気軽に買える文房具ではありませんでした。『History of Information』は、ネアーンが天然ゴムの消しゴムを半インチ角で3シリングという高い値段で売っていたと紹介しています。
また、天然ゴムには弱点がありました。『History of Pencils』によると、初期の天然ゴムの消しゴムは、使うと崩れやすく、時間がたつと劣化し、天候の影響を受けやすく、においもあったとされています。
つまり、天然ゴムの発見によって「パンよりよく消える道具」は生まれましたが、現在のような使いやすい消しゴムになるまでには、まだ改良が必要だったのです。
ゴムを丈夫にした「加硫」が消しゴムを実用品に近づけた
天然ゴムの弱点を大きく改善した技術が「加硫(かりゅう)」です。加硫とは、ゴムに硫黄を加えて熱をかけ、丈夫で弾力のある材料にする技術です。
『Goodyear』の公式サイトは、チャールズ・グッドイヤーが1839年に、天然ゴムと硫黄の混合物を熱にさらすと、しなやかで、弾力があり、耐久性のある材料になることを発見したと説明しています。この工程はのちに「vulcanization(バルカナイゼーション)」、日本語では加硫と呼ばれるようになりました。
この技術によって、ゴムは気温や時間によってベタついたり、すぐに劣化したりしにくくなりました。消しゴムについても、天然ゴムの弱点を改善する技術が広がったことで、より安定して使える文房具へ近づいていきました。

普段、消しゴムを使うときに加硫のことを考える人は少ないです。しかし、消しゴムが「きれいに消せる」「すぐに崩れすぎない」「ある程度長く使える」道具になった背景には、ゴムという材料そのものを改良する技術があったのです。
消しゴムは黒鉛を「紙からはがして、自分にくっつける」
消しゴムは、紙を白く塗っているわけではありません。鉛筆の黒い粒を、紙から取り除いています。
『Popular Science』の記事では、鉛筆の黒鉛の粒は紙に弱くくっついていますが、ゴムのほうが黒鉛の粒を引きつけやすいため、消しゴムでこすると黒鉛が紙から離れて消しゴム側に移ると説明されています。また、こするときの摩擦によって黒鉛の粒が紙から外れやすくなることも紹介されています。
消しゴムを使ったあとに出るカスにも意味があります。消しゴムの表面には、紙から取れた黒鉛の粒がつきます。そのまま同じ面でこすり続けると、黒鉛を紙に戻してしまったり、紙を汚したりすることがあります。そこで、消しゴムは少しずつ削れてカスを出し、汚れた部分を自分から切り離します。

つまり、消しゴムのカスはただのゴミではありません。紙から取り除いた黒鉛を抱えた、役目を終えた部分でもあるのです。パンで字を消していた時代にも、パンくずが黒鉛を抱え込んで紙から離れていました。現在の消しゴムは、その働きを文房具として使いやすくしたものだと考えることができます。
パンと消しゴムの大きな違い
パンと消しゴムは、どちらも鉛筆の線を消すことができます。しかし、道具としての性能には大きな違いがあります。
パンは、やわらかくて黒鉛をからめ取ることができますが、形が崩れやすく、湿気や乾燥に弱く、長期保存にも向きません。さらに、食べ物なので衛生面の問題もあります。机の上にずっと置いておく文房具としては、かなり扱いにくいものです。
一方、消しゴムは、消すために作られています。ほどよいやわらかさ、黒鉛を取り込む力、紙を傷つけにくい性質、持ちやすい形、長く保管できる安定性などが考えられています。現在の消しゴムには、天然ゴムだけでなく、合成ゴムやプラスチック系の材料など、さまざまな素材が使われています。『History of Pencils』は、安価な消しゴムには合成ゴムや合成樹脂系の材料が使われ、高品質なものにはビニール、プラスチック、ゴム状の材料などが使われると説明しています。
また、消しゴムには用途による違いもあります。学校で使う一般的な消しゴム、製図用の消しゴム、絵を描く人が使う練り消し、広い面をやさしく消す消しゴムなどがあります。パンが「身近な代用品」だったのに対して、消しゴムは「消すことに特化して進化した道具」なのです。
パンで消していた歴史は、絵の世界にもつながっている
パンで消すという方法は、ただの昔話ではありません。木炭デッサンなどでは、現在でもパンに近い考え方の道具が使われることがあります。
木炭や鉛筆で描いた絵では、線を完全に消すだけでなく、少しだけ明るくしたり、ぼかしたりすることがあります。強くこすって真っ白にするのではなく、黒い粒を少し持ち上げるように取るのです。この考え方は、パンで黒鉛や木炭の粒をからめ取っていた方法に近いものです。
現在の「練り消し」は、形を自由に変えられるやわらかい消しゴムです。細くとがらせれば細かい部分を消せますし、広げれば広い面を軽く押さえることもできます。『History of Pencils』は、練り消しが黒鉛や木炭を吸収するように取り除き、細かい部分を消すために形を変えられると説明しています。

このように見ると、パンから消しゴムへの変化は、ただ「食べ物が文房具になった」という話ではありません。人間が「書き間違いを直したい」「絵の濃さを調整したい」という目的に合わせて、身近な材料を試し、より便利な材料へ変えていった歴史なのです。
まとめ
- 消しゴムが生まれる前は、鉛筆の字を消すためにパンが使われていた
- 鉛筆の線は、黒鉛の細かい粒が紙の表面につくことでできている
- パンはやわらかく崩れながら、紙についた黒鉛をからめ取っていた
- 1770年ごろ、天然ゴムが鉛筆の線を消すのに向いていることが分かった
- ゴム製の消しゴムはパンより便利だったが、初期のものは高価で劣化しやすかった
- ゴムを丈夫にする「加硫」の技術によって、消しゴムは実用品として発展した
- 消しゴムは紙を白くするのではなく、黒鉛を紙からはがして自分にくっつけている
- 消しゴムのカスは、黒鉛を抱え込んだ消しゴムの一部が削れたもの
- 現在の消しゴムには、天然ゴムだけでなく合成ゴムやプラスチックなども使われている
たった一つの文房具にも、思いがけない物語があります。
消しゴムの歴史を知ると、いつもの筆箱の中が少しだけ面白く見えてくるのではないでしょうか。

参考文献
- 日本筆記具工業会「消しゴムの歴史」
- トンボ鉛筆「消しゴムの歴史」
- トンボ鉛筆「消しゴムの歴史|トンボKIDS」
- History of Information「Joseph Priestley & Edward Nairne Invent the Rubber Eraser?」
- Made up in Britain「Eraser : Edward Nairne 1770」
- History of Pencils「Invention and History of Eraser – Facts and Types」
- Popular Science「How do erasers actually work? It’s surprisingly complicated.」
- Goodyear Corporate「History」

