もしキーボードを最初から作ることができるとしたら、あなたは文字をどのように並べるでしょうか。
おそらく、多くの人はアルファベット順を思い浮かべるかもしれません。ところが、実際のキーボードはそうなっていません。
第51回雑学調査レポートでは、そんな「キーボード」に関する雑学をご紹介していきます。
今も残る150年前の文字の並び
パソコンやスマートフォンで文字を入力するとき、多くの人が当たり前のように使っているのが「QWERTY配列(クワーティ配列)」です。キーボードの左上から順に、Q、W、E、R、T、Yと並んでいるため、この名前で呼ばれています。
この配列は、現代のコンピューターのために考えられたものではありません。もともとは19世紀のタイプライターから生まれた配列です。つまり、私たちは最新のパソコンやスマートフォンを使いながら、文字の並びについては150年ほど前の機械の名残を使い続けていることになります。
ここで興味深いのは、QWERTY配列について「タイピングが速すぎるとタイプライターが壊れるので、わざと打ちにくくした」という話がよく語られることです。たしかに、昔のタイプライターには機械的な問題がありました。しかし、現在ではこの説明だけでQWERTY配列の誕生を語るのは単純すぎると考えられています。
最初のタイプライターはアルファベット順に近かった
QWERTY配列の歴史で重要な人物が、アメリカの発明家クリストファー・レイサム・ショールズです。ショールズは新聞関係の仕事をしていた人物で、1860年代に仲間とともに初期のタイプライターを開発しました。
初期のキーボードは、現在のようなQWERTY配列ではありませんでした。『Smithsonian Magazine』によると、ショールズたちの初期試作機は、アルファベット順に近い並びを持っていました。考えてみれば、これは自然な発想です。A、B、Cの順番で文字が並んでいれば、どこにどの文字があるかを探しやすいように思えます。
ところが、タイプライターは紙の上に文字を印刷する機械です。キーを押すと、文字が刻まれた金属の棒が動き、インクリボンを通して紙に文字を打ちつけます。この仕組みでは、近い位置にある棒が連続して動くと、機械の中で絡まったり、引っかかったりする可能性がありました。

そのため、「よく続けて使う文字を離して、機械の詰まりを減らした」という説明が生まれました。たとえば英語では「th」や「he」のような組み合わせがよく使われます。こうした組み合わせを近くに置きすぎると、タイプバーが連続して動き、詰まりやすくなると考えられたのです。
「遅くするため」というより「止まらないようにするため」
ここで大切なのは、「打つ人を遅くするため」と「機械が止まらないようにするため」は、似ているようで意味が違うという点です。
よくある俗説では、QWERTY配列はタイピストの入力速度を意図的に落とすために作られた、と説明されます。しかし、『Computer History Museum』は、QWERTY配列について「都市伝説とは反対に、入力を遅くするためではなく、速くするために設計された」と説明しています。
これは一見すると矛盾しているように見えます。なぜなら、文字を離して配置すれば指の移動は増え、打ちにくくなる場合があるからです。
しかし、タイプライターの時代には、速く打てるかどうかは「指の移動距離」だけで決まりませんでした。どれほど指が速く動いても、機械が詰まって止まれば、作業全体は遅くなります。詰まりを直すには手を止め、絡まった部品を直し、また入力を再開しなければなりません。
つまり、QWERTY配列は「一文字ごとの入力を最短にする配列」ではなく、「機械が途中で止まりにくい配列」として考えられた可能性があります。結果として、作業全体を速くするための工夫だったと見ることができます。
実は「タイプライターの詰まり」だけでは説明できない
ただし、QWERTY配列の誕生にはまだ謎があります。『Smithsonian Magazine』は、QWERTY配列の起源について、タイプライターの詰まりを避けるためだったという説のほか、電信オペレーターの作業に関係していたという説も紹介しています。
19世紀には、電信で送られてきたモールス信号を文字に変換する仕事がありました。電信オペレーターは、聞き取った信号を素早く文字にして記録する必要がありました。もしキーボードの並びがアルファベット順だと、信号を受け取りながら即座に文字を探すには不便だった可能性があります。
京都大学の研究者による研究を紹介した『Smithsonian Magazine』の記事では、QWERTY配列は機械の都合だけでなく、電信オペレーターの実際の使い方から発展した可能性があると説明されています。
この説では、QWERTY配列は「タイプライターを守るため」だけではなく、「電信を聞き取ってすぐ打つ人たちが使いやすいように変化していった」と考えます。つまり、キーボードの配列は机上の理論だけで決まったのではなく、当時の利用者の仕事の現場によって形作られた可能性があるのです。
1878年の特許に残ったQWERTY
QWERTY配列が歴史上はっきり確認できる重要な資料の一つが、1878年にショールズが取得した米国特許です。『Google Patents』に残る「US207559A」は、ショールズによるタイプライター改良の特許です。
『Hagley Museum and Library』は、この1878年の特許について、QWERTY配列が文書として確認できる最初期の記録だと紹介しています。ここで興味深いのは、QWERTY配列が「最初から現在とまったく同じ形で完成していた」というより、試作や改良を重ねる中で形を整えていったという点です。
初期のタイプライター開発では、どの文字をどこに置くべきかについて、さまざまな試行錯誤がありました。現代の私たちから見ると、QWERTY配列はあまりに当たり前なので、最初から完成品のように見えます。しかし実際には、機械の構造、よく使う文字の組み合わせ、電信オペレーターの入力作業、販売戦略などが絡み合いながら定着していった配列でした。
レミントンが広めた「標準の形」
QWERTY配列が広まった背景には、レミントン社の存在もあります。ショールズとグリデンのタイプライターは、『E. Remington & Sons』によって製造され、1874年に「Remington No. 1」として販売されました。『Smithsonian Magazine』は、この機械を商業的に成功した最初のタイプライターとして紹介しています。
ここから、QWERTY配列は単なる発明ではなく、商品として広がっていきました。機械が売れ、使う人が増え、タイピングを学ぶ人が増えると、その配列そのものが社会に定着していきます。
一度多くの人がQWERTY配列を覚えてしまうと、別の配列に変えるのは簡単ではありません。会社はQWERTY配列で入力できる人を雇い、学校や訓練機関もQWERTY配列を教え、メーカーもQWERTY配列の機械を作ります。こうして、配列は「便利だから残った」というだけでなく、「みんなが覚えてしまったから変えにくい」という理由でも残りました。
コンピューター時代になっても消えなかった理由
タイプライターでは、キーを押すと金属の部品が動きました。しかし、コンピューターのキーボードでは、文字を入力してもタイプバーが絡まることはありません。スマートフォンの画面上のキーボードなら、そもそも物理的な部品さえありません。
それでもQWERTY配列は残りました。
理由は単純です。すでに多くの人がその配列に慣れていたからです。コンピューターを作る側から見ても、まったく新しい配列を導入すれば、利用者は入力方法を覚え直さなければなりません。これは大きな負担です。
『Computer History Museum』も、初期のコンピューター設計者は文字入力の仕組みを一から作り直すのではなく、既存のテレタイプ端末や自動タイプライター、そして定着済みのQWERTY配列を利用したと説明しています。
つまり、QWERTY配列は機械式タイプライターの問題から生まれたにもかかわらず、その問題が消えたあとも、人間の慣れによって生き残ったのです。
「最も合理的」ではなく「最も定着した」配列
QWERTY配列は、必ずしも人間の指にとって最も効率のよい配列ではありません。実際、Dvorak配列(ドヴォラック配列)のように、より少ない指の移動で打てることを目指した配列も考案されました。『Computer History Museum』も、Dvorak配列は文字の使用頻度をもとにキーを配置したものだと説明しています。

それでも、Dvorak配列はQWERTY配列を置き換えるほどには広まりませんでした。理由は、QWERTY配列の利用者があまりにも多く、学校、職場、機械、ソフトウェアのすべてがQWERTY配列を前提にしていたからです。
これは「経路依存」と呼ばれる現象に近いものです。最初に広まった方式が、その後も使われ続けることで、さらに変えにくくなるということです。QWERTY配列は、最も新しく、最も理想的な設計だから残ったのではありません。長い時間をかけて社会に深く入り込み、変更するコストが大きくなったために残ったのです。
まとめ
- QWERTY配列は、現代のパソコンではなく19世紀のタイプライターから生まれた
- 初期のタイプライターはアルファベット順に近い配列だった
- タイプライターでは、金属の部品が絡まる「詰まり」が問題になっていた
- QWERTY配列は「わざと遅く打たせるため」ではなく、機械が止まりにくくなるよう工夫された可能性が高い
- 電信オペレーターの使いやすさが配列の形成に影響したという説もある
- 1878年のショールズの特許に、QWERTY配列の初期記録が残っている
- レミントン社のタイプライターによって、QWERTY配列は商品として広まった
- 一度多くの人が覚えたことで、QWERTY配列は社会の標準になった
- コンピューター時代になっても、利用者の慣れが理由でQWERTY配列は残り続けた
- QWERTY配列は「最も合理的な配列」ではなく、「最も定着した配列」といえる
キーボードの配列は、ただ文字を並べただけのものではありません。そこには、タイプライターの時代から続く工夫と、長く使われたことで変えにくくなった歴史があります。
QWERTY配列は、現代に残る小さな技術史の名残なのです。
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参考文献
- Smithsonian Magazine「Where Did the QWERTY Keyboard Come From?」
- Smithsonian Magazine「The QWERTY Keyboard Will Never Die. Where Did the 150-Year-Old Design Come From?」
- Computer History Museum「Keyboards – CHM Revolution」
- Google Patents「US207559A – Improvement in type-writing machines」
- Hagley Museum and Library「On this date in 1878 ….」

