食べ物の歴史には、味や材料だけでなく、「食べやすさ」をめぐる発明も多くあります。どれほどおいしい食品でも、準備に手間がかかれば、日常的に食べ続けるのは大変です。パンの世界にも、そんな手間を大きく減らした工夫がありました。
第65回雑学調査レポートでは、そんな「パン」に関する雑学をご紹介していきます。
「切ってあるだけ」が大発明だった時代
いまでは、食パンが最初から同じ厚さに切られていることは、あまりにも普通です。スーパーで袋入りの食パンを買えば、6枚切り、8枚切り、サンドイッチ用など、用途に合わせて厚さを選べます。ところが、かつてパンは「家で焼くもの」または「焼き上がった塊を買って、家で切るもの」でした。
アメリカでは19世紀末から20世紀初めにかけて、家庭でパンを焼く習慣が少しずつ工場製のパンに置き換わっていきました。『Smithsonian Magazine』は、1890年ごろにはパンの約90%が家庭で焼かれていた一方、1930年ごろには工場製パンが家庭のパン焼きを大きく置き換えたと説明しています。工場製のパンはやわらかく、家庭の包丁で均一に切るのが難しいという問題もありました。つまり、「パンを焼く作業」が工場に移ったなら、「パンを切る作業」も工場で行えないか、という発想が出てきたのです。

パン切り機を作ったオットー・ローウェダー
スライス済み食パンの歴史で重要な人物が、オットー・フレデリック・ローウェダーです。彼は宝石商として働きながら、パンを自動で切る機械の開発に取り組みました。
1928年、アメリカ・ミズーリ州チリコシーのチリコシー・ベーキング・カンパニーに、ローウェダーのパン切り機が設置されました。この機械は、パンを機械の中へ送り込み、複数の細い帯状の刃で一気に切り、包装工程へ送る仕組みでした。『Smithsonian Magazine』によると、ローウェダーはパン切り機だけでなく、スライスしたパンを包装しやすくする装置や、パンを支えるホルダーなども考案していました。
ここで重要なのは、単に「切る機械」を作ればよかったわけではないという点です。パンは切ると断面が増えるため、乾燥しやすくなります。しかも、スライスされたパンはばらばらになりやすいため、そのままでは店頭に並べにくい商品でした。つまり、スライス済み食パンを普及させるには、「均一に切る」「形を崩さずまとめる」「乾燥を防ぐように包む」という複数の問題を同時に解決する必要がありました。
最初はパン屋にも疑われていた
いま見ると、スライス済み食パンは便利そのものです。しかし、当時のパン屋はすぐに飛びついたわけではありませんでした。理由は単純で、「切ったパンは早く古くなるのではないか」と考えられたからです。
パンが古くなる現象は、単なる水分の蒸発だけでは説明できません。パンの中のデンプンは、焼かれると水を吸ってやわらかくなりますが、時間が経つと再び規則的な構造に戻ろうとします。この現象は「老化」や「デンプンの再結晶化」と説明され、パンの中身が硬く、ぱさついたように感じられる原因になります。食品科学の研究でも、パンの老化には水分移動やデンプンの変化が深く関わることが示されています。

そのため、パン屋が「切ったパンは売り物になりにくいのではないか」と心配したのは自然なことでした。焼き立てのパンを塊のまま売れば、切り口は少なく、見た目も保ちやすいです。反対に、スライスしてしまうと断面が多くなり、乾燥や崩れを防ぐ包装の工夫が必要になります。
売れ始めると一気に広がった
ローウェダーの機械を最初に導入したチリコシー・ベーキング・カンパニーのフランク・ベンチは、多くのパン屋がためらう中で、スライス済み食パンに賭けました。『Smithsonian Magazine』は、このパン切り機が1928年にチリコシーで初めて設置されたと説明しています。さらに、導入後には機械式のパン切りが各地に広がっていったとされています。
スライス済み食パンが受け入れられた理由は、家庭の朝食と深く結びついています。パンを毎朝同じ厚さに切るのは、意外に手間がかかります。厚さが不ぞろいだと、トースターで焼いたときに薄い部分だけ焦げたり、厚い部分だけ焼き足りなかったりします。サンドイッチを作る場合も、切り方が不ぞろいだと食べにくくなります。
つまり、スライス済み食パンは、料理の腕に関係なく、誰でも同じようにトーストやサンドイッチを作れる商品でした。これは単なる時短ではなく、朝食の失敗を減らす技術でもありました。
「スライスされたパン以来最高」という表現
英語には、すばらしい発明や便利なものをほめるときに使う “the best thing since sliced bread” という表現があります。直訳すると「スライスされたパン以来最高のもの」です。
この表現が成立するほど、スライス済み食パンは当時の人々にとって大きな変化でした。いまの感覚では「パンが切ってあるだけ」と思うかもしれません。しかし、20世紀前半の家庭では、朝の忙しい時間にパンを何枚も切る作業が毎日発生していました。そこから解放されることは、家庭内の労働を確実に減らす変化だったのです。
この便利さは、トースターの普及とも相性がよくなりました。トースターは一定の厚さのパンを焼くのに向いています。スライス済み食パンによってパンの厚さがそろうと、家庭用トースターも使いやすくなります。つまり、スライス済み食パンは、パンそのものだけでなく、朝食を支える家電や食文化にも影響を与えたのです。
1943年、アメリカでスライス済みパンが禁止された
この雑学で最も意外なのは、スライス済み食パンが一時期、アメリカで禁止されたことです。
1943年1月18日、第二次世界大戦中のアメリカで、Food Distribution Order 1という命令が発効しました。『Smithsonian Magazine』によると、この命令はパン屋がスライス済みパンを販売することを禁止する内容を含んでいました。目的は、パンの価格上昇を抑えることと、スライス済みパンの包装に必要なワックスペーパーを節約することでした。
当時は戦時中で、肉、砂糖、ガソリン、靴など、さまざまな物資が節約や配給の対象になっていました。パンも生活に欠かせない食品だったため、政府は価格や包装資材の管理を重視しました。スライス済みパンは、乾燥を防ぐために未スライスのパンよりしっかりした包装が必要だと考えられていました。そのため、「パンを切らずに売れば包装資材を節約できる」という発想が生まれたのです。

便利さを奪われた家庭の反発
政府側は、家庭でパンを切るくらいなら大きな負担ではないと考えていたようです。しかし、実際には強い反発が起きました。
パンを1枚だけ切るなら簡単です。しかし、家族全員の朝食、弁当用のサンドイッチ、追加のトーストまで考えると、毎日かなりの枚数を切ることになります。しかも、急いでいる朝にやわらかいパンを均一に切るのは簡単ではありません。厚さがばらばらになれば、トースターで焦げたり、食べにくくなったり、無駄が出たりします。
『Smithsonian Magazine』は、禁止令が始まると、市民が不ぞろいに切ったパンを焦がしたり、捨てたりすることに不満を持ったと伝えています。また、ニューヨーク市長フィオレロ・ラガーディアも、この命令はパンを無駄にし、包丁の需要を増やすと批判したとされています。
ここから分かるのは、スライス済み食パンが単なるぜいたく品ではなく、すでに生活の一部になっていたということです。禁止されて初めて、人々は「切ってあるパン」がどれほど日常を支えていたかを実感しました。
禁止令は2か月足らずで終わった
スライス済みパンの禁止は長く続きませんでした。『Smithsonian Magazine』によると、禁止令から2か月も経たないうちに当局は方針を撤回しました。理由として、期待したほどの節約効果がなかったことや、十分なワックスペーパーが確保されていたことが挙げられています。1943年3月8日には、スライス済みパンが再び販売されるようになりました。
この出来事は、発明の価値が「派手さ」だけで決まるわけではないことを示しています。スライス済み食パンは、電気、自動車、飛行機のような大発明に比べると、見た目は地味です。しかし、毎朝の作業を減らし、食事を安定させ、家事の負担を軽くしました。生活の中に深く入り込んだ発明ほど、なくなったときに大きな不便として感じられるのです。
「パンを切る」という小さな作業の重さ
スライス済み食パンの雑学が興味深いのは、「便利」とは何かを考えさせてくれるからです。
パンを切る作業は、ひとつひとつは小さな手間です。しかし、毎日、家族の人数分、朝食と昼食の分まで繰り返すとなると、生活全体では大きな負担になります。さらに、包丁で均一に切るには技術が必要です。やわらかいパンほど押しつぶれやすく、きれいに切るのは難しくなります。
スライス済み食パンは、この小さな面倒を工場側で引き受けた商品でした。家庭では袋を開けて取り出すだけでよくなり、厚さも一定になりました。これは、料理をする人の技術差を小さくする発明でもあります。誰が使っても同じような結果が出るという点で、非常に現代的な食品加工技術だったと言えます。
まとめ
- スライス済み食パンは、1928年にアメリカで機械によって商品化された
- 開発者はオットー・フレデリック・ローウェダーで、パンを均一に切る機械を作った
- 当初は「切るとパンが早く古くなる」と考えられ、パン屋から疑われていた
- スライス済み食パンは、家庭でパンを切る手間を大きく減らした
- 厚さがそろったことで、トーストやサンドイッチを作りやすくなった
- 「スライスされたパン以来最高」という英語表現が生まれるほど画期的だった
- 1943年、第二次世界大戦中のアメリカでスライス済みパンが一時禁止された
- 禁止の理由は、包装に使うワックスペーパーの節約とパン価格の管理だった
- しかし家庭からの反発が強く、禁止令は2か月足らずで撤回された
スライス済み食パンは、便利さが当たり前になるまでの過程をよく示しています。登場した当初は疑われ、戦時中には一時禁止され、それでも人々の生活に必要なものとして戻ってきました。
現在の食卓に並ぶ食パンは、ただの食品ではなく、日常を少しずつ変えてきた工夫の結果なのです。
参考文献
- Smithsonian Magazine「Take a Look at the Patents Behind Sliced Bread」
- Smithsonian Magazine「The Ridiculous Reason Why the U.S. Enacted a Wartime Ban on Sliced Bread Sales—and Why It Didn’t Last Long」
- Smithsonian Institution「Bread-slicing Machine」
- USDA Agricultural Research Service「The Study of Bread Staling Using Visible and Near-Infrared Reflectance Spectroscopy」

