中国は東西約5,200kmなのに時差がない!?【標準時が1つしかない驚きの理由】

中国は昔から標準時が一つだったわけではない

現在の中国本土は北京時間に統一されていますが、昔から全国で同じ時刻が使われていたわけではありません。

中華民国時代の1918年、当時の中央観象台は、中国を5つの標準時に分ける案を提案しました。

西から東へ、次のような時間帯が設定されました。

・崑崙(こんろん)時間:UTC+5時間30分
・新蔵(しんぞう)時間:UTC+6
・隴蜀(ろうしょく)時間:UTC+7
・中原(ちゅうげん)時間:UTC+8
・長白(ちょうはく)時間:UTC+8時間30分

現在よく見られる1時間単位のタイムゾーンだけでなく、30分単位の標準時も含まれていた点が特徴です。

ただし、この案が1918年から中国全土で一斉に運用されたわけではありません。1939年になって、国民政府が5つの標準時を正式に採用する方針を決定しました。

当時は日中戦争の最中でした。戦時中には、連絡や行政上の都合から、UTC+7にあたる隴蜀時間を全国共通の時刻として使う方針も取られたとされています。

第二次世界大戦後には、地域ごとに5つの標準時を使い分ける制度が再開されました。

もっとも、当時の中国では戦争や政治的な混乱が続いていました。制度として標準時が定められていても、すべての地域で同じように運用されていたとは限りません。

「5つの標準時が制度として存在したこと」と、「各地で正確に使い分けられていたこと」は、分けて考える必要があります。

1949年以降に北京時間への統一が進んだ

1949年に中華人民共和国が成立すると、中国各地でUTC+8の北京時間への切り替えが進められました

ただし、1949年の特定の日に、中国全土の時計が一斉に切り替えられたわけではないと考えられています。

各都市や地域が新政府の管理下に入った時期などに応じて、1949年から1950年ごろにかけて、順次切り替えが進んだとみられます。

標準時を一つにすると、中央政府と地方との連絡を取りやすくなります。鉄道、航空、通信、放送、学校、企業なども、同じ時刻を基準にして動かせます。

複数のタイムゾーンがある国では、地域をまたぐ列車や飛行機を利用するときに、時差を考えなければなりません。

全国向けの放送でも、「午後8時」がどの地域の午後8時なのかを明確にする必要があります。

一方、中国のように全国の公式時刻を統一すれば、どの地域でも同じ時計を使って予定を管理できます。

広い国土を一つの時刻で結ぶことには、国家としての一体性を示す政治的、象徴的な意味もあったと説明されています。

中国が標準時を一つにした背景には、行政、交通、通信の利便性だけでなく、国家統合や中央集権化など、複数の要因があったと考えられます。

中国西部では午前10時を過ぎてから日の出を迎えることがある

全国で同じ時計を使うことは便利ですが、太陽の動きまで統一できるわけではありません。

東にある地域ほど日の出が早く、西にある地域ほど遅くなります。

中国では、東部の太陽時に比較的近いUTC+8を西部でも使用しています。そのため、西部では時計の時刻と太陽の位置が大きくずれます。

代表的な例が、新疆ウイグル自治区西部にあるカシュガルです。

カシュガルでは、冬の一部の時期に、北京時間の午前10時を過ぎてから日の出を迎えることがあります。

時刻情報サイトの『timeanddate.com』によると、1月のカシュガルでは、日の出が北京時間の午前10時16分ごろになる日があります。

日の出時刻は、年、日付、大気の状態などによって多少変化します。それでも、時計が午前10時を過ぎているのに、太陽がまだ昇っていないという現象が実際に起こります。

日本の午前10時といえば、多くの学校や会社ですでに活動が始まっている時間です。

しかし、中国西部では、公式時計が午前10時を示していても、太陽の位置を基準に考えると、まだ早朝に近い場合があります。

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