「腹」という言葉は、日常生活の中で思った以上に使われています。
「お腹がすいた」「腹が立つ」「腹を割って話す」「腹で感じる」「腹をくくる」――よく考えてみると、食べ物を消化するはずの「腹」は、感情や覚悟、人間関係にまで関わる言葉としても使われています。
なぜ昔から人は、心の動きや決断を「腹」と結び付けてきたのでしょうか。
第32回雑学調査レポートでは、そんな「お腹」に関する雑学をご紹介していきます。
腹の中には独自の神経ネットワークがある
「腹をくくる」「腹が立つ」「腹の虫が収まらない」「腹で感じる」など、日本語には感情や判断を「腹」と結び付ける表現がたくさんあります。
これは単なる言葉遊びのように見えますが、現代の医学では、お腹の中――特に腸には「腸管神経系」という独自の神経ネットワークがあることが知られており、消化管の壁の中に広がっています。
そして『Johns Hopkins Medicine』によれば、この神経ネットワークは「腸の中の第二の脳」と呼ばれています。
「第二の脳」と呼ばれる理由
腸管神経系の興味深いところは、ただ脳から命令を受けて動くだけではないところです。
腸は、食べ物が入ってきたこと、どのくらい膨らんでいるか、どんな化学物質があるか、といった情報を自分で受け取って処理し、消化管の動きを調整できるのです。『Cleveland Clinic』は、腸管神経系が、脳や中枢神経系からある程度独立して働くことができるため、一部の科学者が「第二の脳」と呼んでいると説明しています。
ただし、ここでいう「脳」はあくまでもたとえです。腸が人間のように悩んだり、計算したり、文章を書いたりするわけではありません。腸管神経系の主な役割は、飲み込みや消化酵素の分泌、栄養吸収にかかわる血流、排泄など、消化の制御に関することです。
つまり、「腸は考える」というより、消化に関してかなり高度な自動運転システムを持っていると表現したほうが正確でしょう。
このシステムを実現しているのが、腸管神経系に存在する多数の神経細胞(ニューロン)です。
『Cleveland Clinic』は、腸管神経系には5億個を超えるニューロンがあり、脳の外では最も複雑な神経ネットワークだと説明しています。腸は消化吸収、水分や電解質の調整、排泄といった複雑な働きをまとめるために、これほど多くのニューロンに頼っているのです。
この数字を見ると、「お腹の調子」という言い方が、意外と軽い表現でないことが分かります。お腹の中には、単なる管ではなく、情報を処理する巨大な神経ネットワークがあるのです。
脳と腹は会話している
腸管神経系は完全に孤立しているわけではありません。脳と腸は、神経やホルモン、免疫、腸内細菌などを通じて、双方向に情報をやり取りしています。この関係は「脳腸相関」や「腸脳軸」と呼ばれます。
そのため、緊張したときにお腹が痛くなったり、不安なときに胃腸の動きが変わったりすることは、単なる気のせいではありません。脳の状態がお腹に影響し、お腹の状態も脳に影響しうる、という仕組みがあるのです。
「腹で決める」「腹で感じる」「腹の底で分かる」といった表現がありますが、もちろんこれが科学的にそのまま証明されたわけではありません。それでも、私たちが感情や直感をお腹の感覚として感じる背景には、脳と腸の密接なつながりがあると考えると、非常に面白い表現だと言えるでしょう。

「腹の虫」にも腸内細菌は関係している?
ほかにも「腹の虫が鳴く」「腹の虫が収まらない」という表現があります。これは本当に虫がいるという意味ではありませんが、腸の中には多くの微生物がいます。
『Cleveland Clinic』によれば、腸内細菌も、腸と脳のつながりに関わっており、神経伝達に関係する化学物質を作ったり、血流を通じて脳に影響しうる物質を作ったりしています。
「腹の虫」という昔の表現と、腸内細菌の研究をそのまま結びつけるのは言い過ぎです。しかし、昔の人が「お腹の中に何かがいるようだ」と感じたことには、現代人にも通じるリアリティがあると言えるかもしれません。
まとめ
- お腹の中の腸にある「腸管神経系」は、脳や中枢神経系からある程度独立して働くため、「第二の脳」と呼ばれることがある
- 「腸管神経系」がある程度独立して動けるのは、5億個以上の神経細胞(ニューロン)があるため
- 脳と腸は双方向に影響する
- 腸の中には多くの微生物が存在する
「腹」は単なる体の一部ではなく、昔から感情や覚悟を表す言葉としても使われてきました。そして現代の研究を見ていくと、その表現がまったくの思い込みとも言い切れないことが分かります。
何気なく使っている「腹」という言葉ですが、その裏側では私たちの体と心がつながっていることを感じ取れたのではないでしょうか。
次にお腹にまつわる言葉を使うときは、お腹の中に広がる不思議な仕組みを少し思い出してみると、言葉の印象も変わるかもしれません。
☆「なるほど」と思ったら押してね!☆

