パソコン周辺には、キーボードやモニター、スピーカーなど、役割がそのままイメージしやすい名前の機器が数多くあります。その中でも「マウス」という呼び方は、少し変わった存在に感じられます。
第142回雑学調査レポートでは、そんな「マウス」に関する雑学をご紹介していきます。
パソコンのマウスという名前は「ネズミに見えた」ことが由来
パソコンを操作するときに使う「マウス」。英語の「mouse」は、動物のネズミを意味する言葉です。
では、なぜパソコンの入力機器にも「マウス」という名前が付いているのでしょうか。
その理由は、初期のマウスの見た目にあります。
1960年代に開発された初期のコンピューターマウスには、本体からコードが伸びていました。小さな本体から細長いコードが伸びている姿が、尻尾のあるネズミのように見えたため、「mouse」と呼ばれるようになったとされています。

マウスの開発を進めたダグラス・エンゲルバートは後年、誰が最初に「mouse」と呼んだのかは覚えていないものの、研究室では皆がその名前を使っていたという趣旨の説明をしています。
『Computer History Museum』にも、エンゲルバートが「尻尾の付いたネズミのように見えたため、研究室ではmouseと呼んでいた」という趣旨の回想が紹介されています。
つまり、「マウス」という名前は、最初から正式な製品名として考えられたものではありません。
研究室で使われていた分かりやすい愛称がそのまま定着し、やがてコンピューター用の入力機器を表す一般的な名前になりました。
最初のコンピューターマウスは木で作られていた
現在のマウスは、丸みのあるプラスチック製の製品が一般的です。しかし、最初期のマウスは現在とはまったく異なる姿をしていました。
マウスにつながる構想を考えたのは、アメリカの技術者ダグラス・エンゲルバートです。
エンゲルバートは1961年ごろ、画面上の位置を簡単に指定するための装置についてアイデアを書き留めていたと振り返っています。
その後、当時の『Stanford Research Institute』、現在の『SRI International』で研究が進められました。
エンゲルバートの設計をもとに、エンジニアのビル・イングリッシュが1964年秋に最初のマウスのプロトタイプを製作します。
この初期型マウスの特徴は、外側が木で作られていたことです。
現在のマウスのような滑らかな形ではなく、小さな木の箱に近い四角い形をしていました。
底には2つの車輪が取り付けられていました。
2つの車輪は互いに直角になるよう配置されており、一方が左右方向、もう一方が前後方向の動きを検出します。この2つの動きを組み合わせることで、机の上でマウスを動かした方向をコンピューターに伝える仕組みでした。
最初のプロトタイプに付いていたボタンは1つです。
現在ではマウスを机の上で滑らせるだけで、画面上のカーソルを自由に動かせます。その原型は、「木の箱に2つの車輪と1つのボタンを取り付けた装置」だったのです。

特許に「Mouse」という名前は使われていなかった
現在では「マウス」という名前が世界中で使われていますが、エンゲルバートが取得した特許には「Mouse」という名前は使われていません。
特許の名称は「X-Y Position Indicator for a Display System」です。
日本語では「ディスプレイシステム用X-Y位置指示装置」といった意味になります。
ここでいう「X-Y」とは、画面上の横方向と縦方向を表しています。
マウスを机の上で左右に動かすと横方向の位置が変わり、前後に動かすと縦方向の位置が変わります。この2方向の動きを検出することで、画面上のカーソルを移動させる仕組みです。
特許では、装置の底に互いに直角に配置された2つの車輪を使い、それぞれの回転量から装置の移動を検出する方法などが説明されています。
この特許は1967年6月21日に出願され、1970年11月17日に成立しました。
特許番号は「US3541541A」です。
正式な特許名称は長く専門的でしたが、研究チームの間ではすでに短く分かりやすい「mouse」という呼び方が使われていました。
結果として、正式な「X-Y Position Indicator」という名称ではなく、研究室で使われていた「mouse」のほうが一般に広まりました。
マウスのコードは現在と反対側に付いていた
マウスの特徴の一つだったコードも、最初から現在につながる配置になっていたわけではありません。
初期のマウスでは、後に一般的になった向きとは反対向きで使用していました。
エンゲルバートによると、その向きでマウスを使うと、操作しているときにコードが腕の周辺に来てしまい、邪魔になりやすかったといいます。
そこで本体の向きを反対にしました。
コードが手前ではなく奥へ伸びるようにすることで、操作するときにコードが腕に絡みにくくなったわけです。
現在の有線マウスでも、本体の前側からコードが伸びる形が一般的です。この形は、実際にマウスを操作しながら試行錯誤した結果、生まれました。
興味深いのは、「マウス」という名前の由来になったとされるコードそのものが、現在ではなくなりつつあることです。
ワイヤレスマウスにはコードがありません。
つまり、ネズミの尻尾に見えた部分がなくなった製品であっても、現在まで「マウス」という名前は残っています。
マウス以外にもさまざまな操作方法が実験されていた
マウスは、最初からコンピューターの標準的な操作方法になると決まっていたわけではありません。
当時は、「画面上の場所を素早く正確に指定するには、どの装置が使いやすいのか」という研究が行われていました。
そこで『Stanford Research Institute』の研究チームは、マウスを複数の入力装置と比較しています。
実験では、画面に直接ペンのような装置を向けるライトペン、レバーを倒して操作するジョイスティック、「Grafacon」と呼ばれる装置、さらに膝を使ってカーソルを動かす装置なども試されました。

現在のパソコン操作から考えると、膝でカーソルを動かすという方法はかなり珍しく感じられます。しかし当時は、現在のような操作方法が確立していなかったため、さまざまな方法が研究対象になっていました。
比較実験ではマウスが速く正確だった
マウスが後に広く使われるようになった背景には、操作実験で良い結果を示したこともあります。
1967年に発表された論文「Display-Selection Techniques for Text Manipulation」では、複数の入力装置を使って画面上の対象を選択する実験結果が報告されています。
装置を十分に練習した被験者では、マウスが比較された装置の中で速く、正確な結果を示しました。
ただし、操作に慣れていない被験者では、ライトペンや膝で操作する装置のほうが速いケースもありました。
研究チームは単純なカーソル移動の速さだけを見ていたわけではありません。
キーボードから入力装置へ手を移すまでの時間、操作による疲労、ボタンの押しやすさなども、実際にコンピューターを使ううえで重要な要素として分析しています。
エンゲルバートも後年、マウスは操作が速く、ミスも少なかったという趣旨の説明をしています。
さらに1973年の資料では、マウスには「手を離してもその場所にとどまる」という特徴があることも利点として挙げられました。
ジョイスティックのように特定の位置へ戻す必要がなく、マウスから手を離してキーボードを使い、再び同じ場所にあるマウスへ手を戻せるためです。
現在では当たり前の「キーボードで文字を入力し、必要なときだけマウスを操作する」という使い方も、1960年代から1970年代にはすでに研究されていました。
マウスが広く知られるきっかけになった1968年の公開デモ
コンピューターマウスの歴史を語るうえで重要なのが、1968年12月9日に行われた大規模な公開デモンストレーションです。
ダグラス・エンゲルバートと『Stanford Research Institute』の研究チームは、アメリカ・サンフランシスコで開催された「Fall Joint Computer Conference」で、新しいコンピューターシステムを実演しました。
デモは約90分間にわたって行われました。
この実演は後に「The Mother of All Demos」と呼ばれるようになります。
日本語では「すべてのデモの母」といった意味で、後のパーソナルコンピューターにつながる数多くの技術が一度に披露されたことから、この名前で知られるようになりました。
1968年のデモではマウスだけが披露されたわけではない
1968年の公開デモで注目された技術は、マウスだけではありません。
エンゲルバートたちのシステムでは、文章を画面上で編集したり、リンクを使って別の情報へ移動したりする操作が紹介されました。
現在のウェブページにもつながる「ハイパーテキスト」の考え方も実演されています。
さらに、複数の表示領域を使った画面操作や、離れた場所にいる人と画面を共有しながらコミュニケーションを取る仕組みなども披露されました。
現在では、ビデオ会議や画面共有、オンライン共同作業などは身近な機能です。しかし、エンゲルバートのチームは1968年の時点で、コンピューターを単なる計算機ではなく、人同士が情報を共有しながら作業するための道具として研究していました。
そのシステムを操作する重要な装置の一つとして使われたのがマウスです。
最初は1ボタンだったマウスが3ボタンになった
1964年に作られた最初のプロトタイプには、1つのボタンが付いていました。
一方、1968年の公開デモで使用されたマウスには3つのボタンが搭載されていました。
研究チームは、マウスに付けるボタンの数についても実験しています。
エンゲルバートのチームは最終的に3ボタンのマウスを使用するようになり、1968年のデモでもこのタイプが活用されました。
その後、コンピューターマウスの形やボタン数はメーカーやコンピューターによってさまざまに変化していきます。
ボールを使って動きを検出する「ボール式マウス」が普及した時代もあれば、現在のように光学センサーやレーザーを利用して動きを検出する製品も登場しました。
左右のボタンだけでなく、画面を上下に動かすためのホイールや、さまざまな機能を割り当てられる追加ボタンを備えた製品もあります。
さらにワイヤレス化によって、名前の由来になったとされる「尻尾」のようなコードさえ不要になりました。
それでも、「マウス」という名前だけは変わりませんでした。
1960年代の研究室で、小さな本体とコードの姿から「ネズミのようだ」と呼ばれた装置の愛称が、半世紀以上を経た現在でも世界中で使われ続けているのです。
まとめ
- パソコンの「マウス」という名前は、初期の装置が尻尾のあるネズミのように見えたことに由来するとされている
- 最初のコンピューターマウスは1964年にビル・イングリッシュが製作し、外装には木材が使われていた
- 初期のマウスは、底面に直角に配置された2つの車輪で縦横の動きを検出していた
- マウスの特許名称は「X-Y Position Indicator for a Display System」で、「Mouse」という名称は使われていなかった
- マウスは複数の入力装置との比較実験で、慣れた被験者において速く正確な結果を示した
- 1968年12月9日の公開デモで、マウスを含むさまざまなコンピューター技術が披露された
- 初期の1ボタン式マウスは改良され、1968年のデモでは3ボタン式が使用された
- 形や仕組みが大きく変化し、コードのない製品が登場した現在でも「マウス」という名前は残っている
キーボードやモニターとは少し違い、一見すると役割が分かりにくい「マウス」という名前。しかし、その背景には当時の装置の姿や、研究者たちによる試行錯誤がありました。
何気なく使っている名前にも、コンピューターの歴史が詰まっているのです。
参考文献
- SRI「The computer mouse and interactive computing」
- SRI「75 Years of Innovation: The Computer Mouse」
- Doug Engelbart Institute「Firsts: The Mouse」
- Doug Engelbart Institute「Display-Selection Techniques for Text Manipulation」
- Doug Engelbart Institute「Design Considerations for Knowledge Workshop Terminals – 1973」
- SRI「How a 90-minute presentation became the catalyst to the modern world of personal computing」
- Computer History Museum「The Mouse」
- Google Patents「US3541541A – X-y position indicator for a display system」

