ハトが歩いているとき、なぜ首を前後に振っているのか疑問に思ったことはないでしょうか。普段は何気なく見過ごしてしまう動きですが、改めて考えてみると不思議な行動です。実は、この身近な疑問については、科学的な研究も行われています。
第167回雑学調査レポートでは、そんな「ハト」に関する雑学をご紹介していきます。
ハトが歩くと首を前後に振るのはなぜ?
公園や駅前でハトを見かけると、歩くたびに首をカクカクと前後に振っていることがあります。まるで音楽のリズムに合わせているような、少し不思議な動きです。
なぜハトは、あのような歩き方をするのでしょうか。
実は、ハトが首を振るのには、周囲の景色を見やすくするという大切な役割があると考えられています。
さらに興味深いのは、ハトが頭を動かす仕組みです。
私たちには、ハトが歩くたびに頭を前後へ動かしているように見えます。しかし、実際には頭を素早く前に出したあと、その場所で一瞬止めているのです。
頭が止まっている間も、胴体は前に進み続けます。そのため、頭が後ろに下がっているように見えます。
この仕組みは、1978年に発表された研究でも確かめられました。
研究者が歩いているハトを高速撮影し、頭の動きを詳しく調べたところ、頭を前に出す動きと、頭を止める動きが交互に繰り返されていることがわかったのです。

ハトの首振りは「頭を前に出す・止める」の繰り返し
ハトの頭の動きは、大きく2つの段階に分けられます。
頭を素早く前に出す
最初は、頭をグッと前に出す動きです。
ハトは歩きながら、頭を素早く前方へ移動させます。このときは実際に頭が前へ進んでいるため、首を伸ばしたような姿になります。
研究では、この動きを「スラスト段階」と呼んでいます。「スラスト」とは、前に突き出すという意味です。
頭を止めたまま、胴体だけが前に進む
次に、ハトは頭をほぼ同じ場所に保ちます。
ただし、歩くのをやめるわけではありません。足は動き続けているので、胴体だけが前へ進み、止まっている頭に追いついていきます。
例えば、ハトの頭が地面のある線の真上に来たとしましょう。
そのまま胴体が前に進んでも、頭はしばらく線の上にとどまります。すると、横から見ている人には、頭が胴体に対して後ろへ動いたように見えるのです。
研究では、この動きを「ホールド段階」と呼びます。「ホールド」とは、位置を保つという意味です。
つまり、ハトの首振りは、頭を前へ動かし、しばらく止め、また前へ動かすという動作の繰り返しによって生まれています。
2000年に発表された研究では、頭を止めている間の動きがさらに詳しく調べられました。
その結果、ハトは頭の前後の位置だけでなく、上下の動きや頭の向きについても、ほぼ一定に保っていることが確認されました。
実際にはわずかな動きが残りますが、歩いている胴体に比べると、頭は非常に安定しているのです。
ハトが首を振るのは景色をぶれずに見るため
では、なぜハトは歩きながら頭を一瞬止めるのでしょうか。
その大きな理由として考えられているのが、目に映る景色を安定させるためです。
例えば、スマートフォンで動画を撮影するとき、手を大きく動かすと画面が揺れ、映っているものが見づらくなることがあります。
反対に、スマートフォンをしっかり固定すると、景色をはっきり撮影しやすくなります。
ハトが頭を止めるのも、これと似た仕組みです。
歩いている間、頭までずっと動き続けていると、目に映る景色も次々と流れていきます。
その状態では、地面に落ちている食べ物や周囲の物体の位置を正確に捉えにくくなる可能性があります。
そこでハトは、頭を短い時間だけほぼ同じ場所に保つことで、目に映る景色の動きを小さくしていると考えられています。
いわば、自分の頭をカメラのように安定させているのです。
私たち人間も、歩いているときに景色が大きくぶれないよう、無意識に目を動かしています。頭が動いても目の向きを調整することで、見たいものを捉えやすくしているのです。
ハトの場合は、頭そのものの位置を安定させる動きが大きな役割を果たしています。
米国の『Library of Congress』も、ハトの首振りについて、周囲の景色を安定して見るためという説明が、研究結果から最も有力だと紹介しています。
ハトはランニングマシンの上では首を振らなくなる?
ハトの首振りが目の働きと関係していることは、少し変わった実験からもわかっています。
1978年、カナダのクイーンズ大学に所属していた研究者バリー・フロストは、ハトをトレッドミルの上で歩かせる実験を行いました。
トレッドミルとは、ジムにあるランニングマシンのように、足元のベルトが動く装置です。
普通に地面を歩くと、ハトの体は前へ進みます。そのため、周囲の景色も移動に合わせて違って見えます。
例えば、地面に落ちている小石は、ハトが前へ進むにつれて、目の中での位置が変わっていきます。
ところが、トレッドミルの上では事情が異なります。
ハトは足を動かして歩いていても、体はほぼ同じ場所にとどまります。そのため、周囲の景色の見え方も、普通に歩くときほど変化しません。
では、この状態でハトは首を振るのでしょうか。
実験の結果、ハトはトレッドミルの上で歩いているとき、普段のような首振りをしなくなりました。
これは、研究者にとって重要な発見でした。
もし首振りが足の動きに合わせて自然に起こるだけのものなら、トレッドミルで歩いているときにも同じ動きが現れるはずです。
しかし、実際には首振りが見られなくなりました。
この結果から、ハトの首振りには、足の動きだけでなく、目に入ってくる景色の動きが大きく関係していると考えられています。
つまり、ハトはただ歩くために首を振っているのではなく、周囲の見え方に合わせて頭の動きを調整しているのです。
ハトの首振りには距離をつかむ役割もある?
ハトが頭を動かすことには、景色を安定させるだけでなく、物体までの距離を把握する働きもあると考えられています。
この仕組みを理解するうえで重要なのが「運動視差」という現象です。
近くのものと遠くのものでは動く速さが違って見える
例えば、電車の窓から外を眺めている場面を想像してみてください。
線路の近くにある電柱や建物は、あっという間に後ろへ流れていきます。
一方、遠くに見える山は、電車が進んでもゆっくり動いているように見えるでしょう。
これは、近くにあるものと遠くにあるものでは、自分が移動したときの見かけ上の動く速さが違うためです。
こうした見え方の違いを「運動視差」と呼びます。
運動視差は、ものが自分からどのくらい離れているのかを判断する手がかりになります。
ハトも頭を動かすことで、このような距離の情報を得ている可能性があるのです。
2021年の研究でわかった頭の動きと距離感の関係
2021年、京都大学の研究者らは、ハトが頭の動きから得られる情報をどのように使っているのか調べました。
実験では、ハトに画面上の目標をくちばしでつつくように訓練しました。
そして、ハトの頭の位置をカメラで調べながら、その動きに合わせて画面上の目標の位置を変えました。
こうすることで、目標が実際の画面より近く、あるいは遠くにあるような見え方を作り出したのです。
その結果、目標が遠くにあるように見える条件では、ハトは目標をつつく直前に、頭を画面により近い位置で止めることがわかりました。
反対に、目標が近くにあるように見える条件では、頭を止める位置が変化しました。
つまり、ハトは目から入ってくる距離の情報に合わせて、頭の位置を調整していたのです。
この結果は、ハトが頭の動きによって得られる情報を、目標との距離に応じた動作の調整に利用していることを示しています。
ただし、同じ実験では、運動視差によって目標の大きさの判断が変わるという結果は得られませんでした。
また、この研究で調べられたのは、歩行中の首振りそのものではなく、目標をつつくときの頭の動きです。
それでも、ハトにとって頭を動かすことが、距離を把握するための情報を得る方法の一つになっていると考えるうえで、重要な研究といえるでしょう。

ハト以外にも首を振って歩く鳥はいる?
歩くときに首を前後に振るような動きは、ハトだけのものではありません。
例えば、ニワトリやツル、ウズラ、カササギなどにも、似た動きが見られます。
ニワトリが地面を歩いている様子を見ると、ハトと同じように頭をカクカクと動かしていることがわかるでしょう。
こうした鳥も、頭の位置を安定させることで、周囲の景色を見やすくしていると考えられています。
しかし、すべての鳥が同じように首を振るわけではありません。
例えば、カモやフクロウ、ペンギンなどは、ハトのような特徴的な首振りを通常は行いません。
また、スズメやフィンチ類のように、地面をピョンピョンと跳ねながら移動する鳥もいます。
では、なぜ鳥によって歩き方が違うのでしょうか。
考えられる理由の一つが、体の大きさや形の違いです。鳥の種類によって足の長さや体の動かし方が異なるため、頭を安定させる方法にも違いが生まれる可能性があります。
さらに、食べ物の探し方も関係していると考えられています。
例えば、地面を歩きながら小さな食べ物を探す鳥にとっては、目の前のものの位置を正確に捉えることが重要です。
そのため、歩きながら頭を安定させる動きが役立っている可能性があります。
ただし、首を振る鳥と振らない鳥の違いについては、まだ十分にわかっていない部分もあります。
『Library of Congress』でも、鳥の体の特徴や食べ物の探し方などが関係している可能性が紹介されています。
ハトの首振りは実際に観察できる?
ハトの頭が本当に一瞬止まっているのかは、公園や広場でも観察できます。
特別な道具は必要ありませんが、スマートフォンで動画を撮影すると、よりわかりやすくなります。
ハトを横から見ると動きがわかりやすい
まず、自然に歩いているハトを横から観察してみましょう。
正面から見るよりも、頭と胴体の前後の動きを確認しやすくなります。
このとき大切なのは、首の形だけを見るのではなく、頭がどこにあるのかに注目することです。
頭を素早く前に出したあと、胴体だけが前に進む瞬間を探してみてください。
ハトの頭が後ろに下がったように見えても、地面や周囲の景色を基準にすると、頭はほぼ同じ場所にとどまっています。
スマートフォンでスロー再生してみる
肉眼では動きが速くてわかりにくい場合は、ハトが歩く様子をスマートフォンで撮影してみましょう。
撮影した動画をスロー再生すると、頭を前へ動かす瞬間と、頭の位置を保つ瞬間を見分けやすくなります。
特に、地面のタイルの線や動かない背景が一緒に映っていると便利です。
例えば、ハトの頭が地面のタイルの境目に重なった瞬間に動画を止めてみましょう。
そこから少しずつ再生すると、胴体が前進しているにもかかわらず、頭はしばらく同じ境目の近くにとどまっていることが確認できるはずです。
そのあと、頭が素早く前へ移動する様子もわかります。
観察するときは、ハトを追いかけたり、無理に歩かせたりせず、少し離れた場所から自然な動きを撮影しましょう。
何気なく見ていたハトの歩き方も、頭と胴体の動きを分けて観察すると、その独特な仕組みが見えてきます。
まとめ
- ハトの首振りは、頭を素早く前に出し、一瞬止める動作の繰り返しによって生まれる
- ハトは頭を止めたまま胴体を前進させるため、頭が後ろに動いているように見える
- ハトが頭を一瞬止めるのは、目に映る景色の動きを小さくし、視界を安定させるためと考えられている
- トレッドミル上では首振りが見られなくなり、首振りには周囲の景色の動きが深く関係していることが示された
- ハトは頭の動きから得られる「運動視差」を利用し、物体との距離に応じて動作を調整していると考えられている
身近なハトの何気ない動きにも、科学的に調べてみると興味深い発見があるものです。
普段は気にも留めない行動でも、その理由を知ることで、動物たちの世界がもっと面白く感じられるかもしれません。
参考文献
- Journal of Experimental Biology「The Optokinetic Basis of Head-Bobbing in the Pigeon」
- Journal of Experimental Biology「Head-Bobbing in Pigeons: How Stable is the Hold Phase?」
- Library of Congress「Why do pigeons bob their heads when they walk?」
- Journal of Experimental Biology「Motion parallax via head movements modulates visuo-motor control in pigeons」

