馬は、古くから人間の暮らしと深く関わってきた動物です。移動手段として、農作業の力として、あるいは競馬や乗馬の対象として、私たちはさまざまな場面で馬の姿を目にしてきました。
しかし、よく知られている動物でありながら、その体の仕組みや行動には、意外と知られていない特徴が数多くあります。
第61回雑学調査レポートでは、そんな「馬」に関する雑学をご紹介していきます。
立ったまま眠れる動物
馬に関する有名な雑学の一つに、「馬は立ったまま眠れる」というものがあります。
これは本当です。馬は、完全に横にならなくても、立った姿勢のまま休息したり、浅い睡眠を取ったりできます。人間が同じことをしようとすると、眠った瞬間に筋肉の力が抜けて倒れてしまいます。しかし馬は、脚の関節や腱、靭帯をうまく使って、体を支える仕組みを持っています。
この仕組みは英語で「stay apparatus(ステイ・アパラタス)」と呼ばれます。日本語では「支持装置」や「起立保持機構」と説明されることがあります。簡単に言えば、筋肉をずっと使い続けなくても、脚をある程度固定して立っていられる仕組みです。
馬は体が大きく、体重も重い動物です。そのため、立ち続けるだけでも本来ならかなりの筋力を使います。ところが、馬の脚には腱や靭帯を利用して関節の崩れを防ぐ構造があり、少ない筋肉の力で立ち姿勢を保てます。これによって、馬は立ったままうとうとすることができます。
脚を「ロック」して体を支える
馬の立ったまま眠れる能力は、気合いや根性ではなく、体の構造によるものです。
特に重要なのが、後ろ脚の膝にあたる「膝関節」と、飛節と呼ばれる関節の連動です。馬の後ろ脚では、膝関節と飛節が一緒に曲がったり伸びたりするような仕組みになっています。さらに膝蓋骨、つまり膝のお皿にあたる骨に靭帯が引っかかることで、脚を伸ばした状態で固定できます。
この状態になると、馬は片方の後ろ脚で体を支えながら、もう片方の後ろ脚を少し休ませることができます。牧場などで馬を観察すると、片方の後ろ脚の蹄(ひづめ)の先だけを軽く地面につけて、力を抜いたように立っていることがあります。これは怠けているのではなく、体重をかける脚と休ませる脚を切り替えながら、効率よく休んでいる姿です。

前脚にも、肩や肘、手根関節、球節などを支える腱や靭帯の仕組みがあります。前脚と後ろ脚では構造の細部が違いますが、どちらも「関節が勝手に折れ曲がって体が崩れることを防ぐ」という目的で働きます。
つまり馬は、立って眠るために特別な姿勢を練習しているのではありません。もともと体に備わった構造によって、立ったままでも安全に休めるのです。

「立ったまま熟睡」は少し違う
ただし、「馬は立ったまま完全に熟睡できる」と考えると、少し正確ではありません。
馬は立ったまま浅い睡眠や徐波睡眠と呼ばれる睡眠を取ることができます。しかし、レム睡眠と呼ばれる睡眠には、基本的に横になる必要があります。
レム睡眠は、人間でいうと夢を見やすい睡眠として知られています。このとき体の筋肉は大きく力が抜けます。人間もレム睡眠中は筋肉の緊張が下がりますが、馬も同じように筋肉の力が抜けます。もし馬が立ったままレム睡眠に入ってしまうと、首が落ちたり、脚が崩れたりして危険です。
そのため、馬が本当に深い休息を取るには、胸を地面につけて座るような姿勢を取ったり、完全に横になったりする必要があります。特に横向きに寝る姿勢は、馬が安心して休めているサインの一つです。
ここが、この雑学の興味深いところです。馬はたしかに立ったまま眠れます。しかし、立ったまますべての睡眠を済ませられるわけではありません。馬にとっても、横になって眠る時間は必要なのです。
なぜ立ったまま眠れるようになったのか
馬が立ったまま休めるようになった背景には、野生動物としての生存戦略があります。
馬は肉食動物ではなく、草を食べる草食動物です。野生では、捕食者に狙われる側でした。体は大きく、走る力はありますが、横になって深く眠っていると、すぐに逃げ出すことが難しくなります。
立ったまま休めれば、危険を感じた瞬間に走り出せます。これは、広い草原のような開けた場所で生きる動物にとって大きな利点です。
また、馬は群れで暮らす動物です。群れの中では、横になって休む馬がいる一方で、立ったまま周囲を警戒する馬がいることがあります。すべての馬が同時に無防備になるのではなく、群れ全体で安全を確保しながら休むわけです。
このように、立ったまま眠れる能力は、単なる変わった特徴ではありません。馬が捕食者のいる環境で生き抜くために役立ってきた、実用的な体の仕組みなのです。
横になれない馬は睡眠不足になる
馬は立ったまま眠れるため、「横になる場所がなくても問題ない」と思われることがあります。しかし、これは間違いです。
馬はレム睡眠のために横になる必要があります。横になる時間が足りないと、睡眠不足になることがあります。たとえば、床が硬い、寝る場所が狭い、周囲が騒がしい、ほかの馬との関係で安心できない、痛みがあって横になるのがつらい、といった条件があると、馬は十分に横になれません。
睡眠不足になった馬は、立っている最中に強い眠気に襲われ、膝を折るようにがくっと崩れかけることがあります。これは、ナルコレプシーという病気と混同されることがありますが、実際には十分に眠れていないことが原因の場合があります。
つまり、馬が横になって寝ている姿は、だらしない姿ではありません。むしろ、その馬が安心して休める環境にいることを示す大切な行動です。
馬の睡眠時間は人間よりかなり短い
馬の睡眠は、人間のように夜にまとめて長く眠る形ではありません。馬は一日の中で短い睡眠を何度も取る「多相性睡眠」の動物です。
人間は一般的に夜にまとまった睡眠を取りますが、馬は数分単位の短い休息を何度も繰り返します。研究機関の解説では、馬の睡眠時間は一日合計でおよそ3時間ほどとされています。その中でも、レム睡眠は一日あたり20〜30分ほどと説明されています。

この短い睡眠時間も、野生で捕食者に狙われる可能性があった動物として考えると理解しやすくなります。長時間、完全に無防備な状態になるのは危険です。そのため馬は、短く分けて眠り、必要なときにはすぐ動けるような睡眠スタイルを持っています。
立ち寝は「省エネ」と「安全」の両立
馬の立ち寝は、体力を節約する仕組みでもあります。
もし馬が筋肉だけで立ち続けていたら、休んでいるつもりでも体は疲れてしまいます。しかし、腱や靭帯を使って関節を支えることで、筋肉の負担を減らせます。これは、大きな体を持つ馬にとって非常に重要です。
また、立っていれば逃げ出すまでの時間も短くなります。横になっている状態から立ち上がり、走り出すにはどうしても時間がかかります。馬は立ったまま休むことで、体を休ませながら、同時に危険への反応速度も保っているのです。
つまり、馬の立ち寝は「眠るための能力」というより、「休みながら生き残るための能力」と言えます。
まとめ
- 馬は立ったまま浅い睡眠を取れる
- 馬の脚には関節を固定して体を支える仕組みがある
- 立ったまま眠れるのは、筋力ではなく腱や靭帯の働きによる
- 馬は片方の後ろ脚を休ませながら、もう片方で体を支えられる
- 馬は立ったまま完全に熟睡できるわけではない
- レム睡眠を取るには、基本的に横になる必要がある
- 横になる時間が足りないと、馬は睡眠不足になることがある
- 立ったまま休める能力は、捕食者から素早く逃げるために役立った
- 馬の睡眠は短い休息を何度も繰り返す形になっている
- 横になって眠る馬は、安心できる環境にいる可能性が高い
馬が立ったまま眠れるという話は、単なる面白い雑学のように思えます。しかし詳しく見ていくと、そこには脚の構造、睡眠の仕組み、草食動物としての生存戦略が関係しています。
何気なく立っている馬の姿も、その背景を知ると、これまでとは少し違って見えてくるはずです。

参考文献
- MSD Veterinary Manual「Description and Physical Characteristics of Horses」
- UC Davis School of Veterinary Medicine「Equine Sleep and Sleep Disorders」
- UC Davis Center for Equine Health「10 Things You Might Not Know About Equine Neurology」
- Frontiers in Veterinary Science「A Review of Equine Sleep: Implications for Equine Welfare」
- University of Minnesota Pressbooks「Pelvic Limb – CVM Large Animal Anatomy」

