人間によく似た表情や仕草を見せる猿ですが、ときには私たちの想像を超えるような行動をすることがあります。何気ない行動の中にも、思わず誰かに話したくなるような面白い話が隠されています。
第106回雑学調査レポートでは、そんな「猿」に関する雑学をご紹介していきます。
本当に猿はサツマイモを洗って食べる?
猿がサツマイモを水で洗ってから食べる――少し人間っぽく見えるこの行動は、実際に野生のニホンザルで確認されています。
有名なのが、宮崎県串間市の沖にある幸島(こうじま)です。ここに暮らすニホンザルの一部は、サツマイモを水につけて表面の砂を落としてから食べます。この行動は「芋洗い」や「イモ洗い」と呼ばれています。
幸島では1948年からニホンザルの研究が続けられており、1953年に芋洗いが初めて確認されました。『京都大学』野生動物研究センターの幸島観察所によると、現在の幸島にはおよそ100頭のニホンザルが暮らしています。
ただし、ここで注意したいのは「ニホンザルなら誰でも生まれつきサツマイモを洗う」というわけではないことです。
幸島の芋洗いは、もともと一頭の若いメスが始めた行動でした。そのやり方が少しずつ仲間へ広がり、その後に生まれた子どもたちにも受け継がれていきました。
そのため、この芋洗いは単なる珍しい食事風景ではなく、「動物にも仲間から受け継がれる習慣があるのではないか」と考えるきっかけになった重要な研究例でもあります。
芋洗いを始めたのは若いメスの「イモ」
幸島でニホンザルの調査が始まったのは1948年です。1952年には餌づけに成功し、研究者たちはサツマイモや小麦などを与えながら、一頭ずつ見分けて行動を観察するようになりました。
そして1953年9月、変わった食べ方をするニホンザルが現れます。
当時1歳半ほどだった若いメスの「イモ」です。
イモは砂の付いたサツマイモを水辺まで持っていき、水につけながら砂を落として食べるようになりました。河合雅雄氏が1965年に『Primates』へ発表した研究にも、この行動が1953年9月にイモから始まったことが記録されています。
また、『京都大学』野生動物研究センターの資料では、長年にわたり幸島のニホンザルを観察していた三戸サツエ氏がこの行動を見つけ、研究者へ知らせたことが紹介されています。
当時、サツマイモは砂浜に置かれていました。当然ながら、表面には砂が付きます。
ニホンザルはもともと、手で砂を払ったり、体毛などにこすりつけたりして砂を落とすことがありました。しかし、イモはそこに「水を使う」という新しい方法を加えたわけです。
とはいえ、イモが人間のように「水を使えば効率よく砂が落ちる」と考えて発明した、とまで言うことはできません。
研究から確認できるのは、イモが新しい行動を始め、その後ほかの個体にも同じような行動が広がったという事実です。
イモだけで終わらず、仲間にも広がっていった
芋洗いが有名になった大きな理由は、イモ一頭だけの行動で終わらなかったことです。
河合雅雄氏の研究によると、芋洗いをするニホンザルは少しずつ増えていきました。1956年までには11頭がこの行動を身につけ、1962年8月には2歳以上の49頭のうち73.4%が芋洗いをするようになっていました。
つまり、突然すべての猿が一斉に芋を洗い始めたわけではありません。
何年もかけて、少しずつ群れの中に広がっていったのです。
初期には、仲の良い若いニホンザル同士や、親子、きょうだいなどの近い関係を通じて広がる傾向が見られました。
たとえば、若い個体が先に芋洗いを覚え、その母親もするようになるケースがありました。また、年下のきょうだいから年上のきょうだいへ広がる例も記録されています。
その後、芋洗いが群れの中で普通に見られるようになると、さらに状況が変わります。
新しく生まれた子どもたちは、最初から母親や周囲の猿が水辺でサツマイモを洗っている環境で育つからです。
河合氏の観察では、子どものニホンザルが母親の行動を見たり、水の中に落ちたサツマイモのかけらを食べたりしながら、1歳から2歳半ほどの間に芋洗いを身につける例が確認されています。

ただし、人間の親のように母ザルが子どもへ「こうやって洗うんだよ」と教えたことが確認されているわけではありません。
周囲の猿を見ること、水辺に慣れること、実際に食べ物を触ることなどが組み合わさり、行動が身についていったと考えられています。
最初は川の水だったのに、やがて海水を使うようになった
幸島の芋洗いには、さらに面白い変化があります。
最初から海水を使っていたわけではありません。
1953年から1954年ごろ、芋洗いに使われていたのは海へ流れ込む小川の真水でした。この時点では、海水でサツマイモを洗う行動は確認されていませんでした。
ところが1957年から1958年ごろになると、多くのニホンザルが海水を使うようになります。
1961年12月の調査では、芋洗いをする個体が真水と海水の両方を利用しており、全体としては海水を好む傾向も記録されました。
なぜ海水を使うようになったのでしょうか。
一つ考えられるのが、水場の使いやすさです。
幸島では真水を使える場所が限られており、乾燥する季節には小川の水が少なくなることもありました。一方、海なら広いため、多くの個体が利用できます。
さらに河合氏は、海水によってサツマイモに塩味が付き、おいしくなることも理由ではないかと考えました。
ただし、「ニホンザルが塩味を付けるために海水を選んでいた」と確定しているわけではありません。これは研究者による解釈の一つです。
洗うだけではなく「味付け」のような行動まで登場
海水を使うようになったニホンザルの中には、さらに変わった食べ方をする個体も現れました。
サツマイモにほとんど砂が付いていないのに、海水へ浸すのです。
しかも、一度だけではありません。ひとかじりするたびに海水へ浸すような行動も観察されました。
砂を落とすことだけが目的なら、何度も海水につける必要はありません。
河合氏は、このような行動を単純な洗浄とは分けて「seasoning behavior」と呼びました。日本語にすれば「味付け行動」に近い意味です。
最初は砂を落とすためだったと考えられる芋洗いが、別の食べ方へ発展していった可能性があるわけです。
芋洗いが「猿の文化」と呼ばれるのはなぜ?
幸島の芋洗いは、動物の「文化」を考える研究でも非常に有名です。
一般的に文化という言葉を聞くと、言葉や音楽、料理、祭りなど、人間が受け継いできたものを思い浮かべる人が多いでしょう。
ところが動物研究では、もう少し広い意味で文化という言葉を使うことがあります。
ある行動が生まれ、それを仲間から学び、さらに次の世代へ受け継いでいく――このような行動の伝統も、動物の文化として研究されています。
河合雅雄氏は1965年の論文で、幸島の芋洗いを「pre-cultural behavior」と表現しました。「前文化的行動」という意味で、人間の文化とまったく同じだとしたわけではありません。
それでも、一頭から始まった新しい行動が仲間へ広がり、世代をまたいで残っていったことは、当時として非常に重要な発見でした。
現在では『京都大学』も、幸島の芋洗いをニホンザルの文化的行動として紹介しています。

60年以上の記録から「累積文化」の可能性も研究されている
幸島ではニホンザルの観察が長期間続いているため、芋洗いがどのように変化したのかも研究できます。
2015年には、河合氏が1965年に発表した芋洗い研究から50周年を迎えたことを記念し、『Primates』に研究史を振り返る編集記事が掲載されました。
さらに、2017年にオンライン公開され、2018年の『Primates』に掲載されたレビューでは、60年以上にわたる幸島の記録があらためて検討されています。
そこで注目されたのが「累積文化」の可能性です。
累積文化とは、ある世代で生まれた技術が次の世代へ受け継がれるだけでなく、少しずつ改良されたり、新しい方法が付け加えられたりする現象を指します。
幸島では、サツマイモを水で洗う行動から海水の利用が広がり、食べ方にも複数のパターンが見られるようになりました。小麦を水で処理する方法など、ほかの食物に関する行動も変化しています。
そのため、幸島のニホンザルにも累積文化のような現象があるのではないかと議論されています。

ただし、この研究では著者自身が、評価はまだ予備的で定量的なものではないとしています。「幸島の猿にも人間と同じ累積文化がある」と確定したわけではありません。
有名な「100匹目の猿」は実際の研究とは別の話
幸島の芋洗いについて調べると、「100匹目の猿」という言葉を見かけることがあります。
これは「ある行動を覚えた猿が一定数を超えると、直接交流していない別の場所の猿にも、その行動が突然伝わる」という内容で語られることが多い説です。
しかし、幸島の本来の研究記録には、そのような現象は確認されていません。
河合氏の1965年の論文には、芋洗いが1953年から何年もかけて少しずつ広がった様子が記録されています。
若い仲間同士や血縁関係を通じて広がり、その後は親子の世代をまたいで定着していったという流れです。
さらに、1962年時点の幸島の群れ全体は59頭でした。そもそも「100匹目」が登場する状況ではありません。
2歳以上の49頭のうち芋洗いをしていた割合は73.4%でしたが、ある一頭を境に突然全体へ広がったというデータもありません。
Ron Amundson氏も「100匹目の猿」について検証し、幸島の研究資料は超常的な集団意識や、一定数を超えた瞬間の遠隔伝播を裏付けていないと指摘しています。
幸島で本当に観察された芋洗いと「100匹目の猿」の物語は、分けて考える必要があります。
「ほかの猿を見て、そのまままねした」とも限らない
芋洗いは「イモを見た別の猿がまねし、それをさらに別の猿がまねした」と説明されることがあります。
分かりやすい説明ではありますが、現在の研究では、それだけで全てを説明できるとは考えられていません。
2020年に発表された研究では、芋洗い文化を経験していない飼育下のニホンザル12頭に、砂を付けたサツマイモを水場の近くで与える実験が行われました。
11頭はサツマイモを食べましたが、水で洗った個体は1頭もいませんでした。
その一方で、4頭は手で砂を払ったり、体や別の食べ物へこすりつけたりして砂を落としました。
つまり、「食べ物に付いた邪魔なものを取り除く」という基本的な行動なら、仲間から教わっていなくても生まれる可能性があります。
しかし、水を使って洗うところまでは、この実験では確認されませんでした。
そのため「ニホンザルは誰でも自然に芋洗いを発明できる」とは言えません。
幸島では、行動が広がった時期と仲間関係や血縁関係に関連が見られています。個体自身の試行錯誤と、周囲の猿から受ける影響の両方が関係していた可能性があります。
2025年の「食べ物を洗う猿」の研究は幸島のニホンザルではない
2025年には、『eLife』で「Food-washing monkeys recognize the law of diminishing returns」という研究が発表されています。
タイトルだけを見ると、幸島の芋洗い研究の続編のようにも感じますが、研究対象は別です。
調査されたのは、タイのコーラム島に暮らすカニクイザルでした。幸島のニホンザルではありません。
実験では、食べ物に付いている砂が多いほど、猿が洗ったり砂を払ったりする時間も長くなることが確認されました。この結果から、猿が単に偶然食べ物を水へ入れているのではなく、砂を取り除くために食物を処理していることが支持されています。
幸島の芋洗い研究も背景として紹介されていますが、1953年に芋洗いを始めたイモや、その子孫を直接調べた研究ではありません。
「食べ物を洗う猿」という共通点はあっても、研究対象はきちんと分けて考える必要があります。
サツマイモを洗うだけなのに、なぜ世界的に注目されたのか
芋洗いだけを見れば、「猿がサツマイモの砂を水で落とした」というシンプルな出来事です。
ところが幸島では、研究者が一頭ずつニホンザルを見分けながら、何十年にもわたって観察を続けてきました。
そのため、1953年に一頭の若いメスから始まった行動が、どの個体へ広がったのか、どのように子どもたちへ受け継がれたのかまで追跡できました。
さらに、真水から海水の利用へ広がったことや、砂を落とすだけでは説明しにくい食べ方が現れたことも記録されています。
一頭のちょっとした行動が群れへ広がり、何世代にもわたって残っていく。その変化を長期間追跡できたからこそ、幸島の芋洗いは動物の社会的学習や文化を考えるうえで、現在も重要な研究例となっています。
まとめ
- 幸島のニホンザルには、サツマイモを水で洗って砂を落としてから食べる「芋洗い」の習慣がある
- 芋洗いは1953年、当時1歳半ほどだった若いメスの「イモ」から始まった
- イモが始めた芋洗いは仲間へ徐々に広がり、1962年には2歳以上の個体の73.4%が行うまでに定着した
- 芋洗いは仲間同士や血縁関係などを通じて広がり、その後の世代にも受け継がれていった
- 当初は真水で洗っていたが、1950年代後半には海水を利用する個体が増えていった
- 砂を落とす必要がほとんどないサツマイモを何度も海水につける「味付け」のような行動も観察された
- 芋洗いは、動物にも社会の中で受け継がれる「文化的行動」があることを考える重要な研究例となった
- 有名な「100匹目の猿」の話は、幸島で実際に記録された芋洗いの研究内容とは異なる
- 現在の研究では、芋洗いは単純なものまねだけではなく、個体自身の試行錯誤と周囲からの影響の両方が関係した可能性が考えられている
- 一頭の猿から始まった行動の発生、広がり、世代を超えた継承、変化まで長期間追跡できたことが、幸島の研究の大きな価値となっている
人間によく似た表情や仕草を見せる猿ですが、その行動を詳しく見ていくと、私たちの想像を超えるような一面が次々と見つかります。幸島の「芋洗い」も、その代表的な例の一つです。
何気ない動物の行動にも、思わず誰かに話したくなるような物語が隠されているのです。

参考文献
- 京都大学 Wildlife Research Center「Koshima Field Station」
- 京都大学 Wildlife Research Center「『三戸サツエ・幸島のサル』アーカイブス」
- Kyoto University PWS「PWS Research Bases」
- Springer Nature「Newly-acquired pre-cultural behavior of the natural troop of Japanese monkeys on Koshima islet」
- Springer Nature「Sweet-potato washing revisited: 50th anniversary of the Primates article」
- Springer Nature「Cumulative culture in nonhumans: overlooked findings from Japanese monkeys?」
- Karger Publishers「Food Cleaning by Japanese Macaques: Innate, Innovative or Cultural?」
- PubMed「Food-washing monkeys recognize the law of diminishing returns」
- Skeptical Inquirer「The Hundredth Monkey Phenomenon」

