おにぎりは2000年前から三角形だった!?【なぜ三角形だったのかは不明】

日本人にとって、おにぎりはとても身近な食べ物です。コンビニやスーパーにはさまざまな種類が並び、お弁当や遠足などでも定番の存在となっています。普段何気なく食べていますが、その歴史をたどってみると意外な発見があります。

第151回雑学調査レポートでは、そんな「おにぎり」に関する雑学をご紹介していきます。

目次

石川県の遺跡から約2000年前の「米のかたまり」が見つかった

「日本最古のおにぎり」と呼ばれている考古資料があります。

見つかった場所は、石川県中能登町にある杉谷チャノバタケ遺跡です。1987年11月20日、弥生時代中期の竪穴建物跡を発掘していたところ、壁際から炭になった米のかたまりが出土しました。『石川県埋蔵文化財センター』の資料では、約2000年前のものとされています。

現在、この資料は「チマキ状炭化米塊(たんかまいかい)」と呼ばれています。「炭化米塊」とは、簡単にいえば、焼けて黒くなった米のかたまりです。

発見の翌月となる1987年12月に報道発表が行われ、「日本最古のおにぎり」として大きな話題になりました。『石川県埋蔵文化財センター』が2025年に公開した資料でも、その呼び名が紹介されています。

約2000年前の人が加工・調理したとみられる米が、まとまった形で残っている珍しい資料なのです。

見た目は現代の「三角おにぎり」によく似ている

この米のかたまりが「おにぎり」と呼ばれた理由の一つは、その形にあります。

『石川デジタルミュージアムネットワーク』によると、平面の形は二等辺三角形に近く、底辺が約5センチ、ほかの2辺が約8センチと約8.5センチ、厚さは約3.5センチです。

大きさや三角形に近い見た目から、現在の三角おにぎりを思い浮かべる人も多いでしょう。

ところが、詳しく調べると、現在のおにぎりとは作り方がかなり違っていた可能性が見えてきました。

使われていたのは「もち米」だった

米粒を詳しく分析したところ、使われていたのは日本型の水稲で、短く非常に小さな粒のもち米だったことが分かっています。さらに、米はおそらく蒸して調理されたと考えられています。

『石川県埋蔵文化財センター』の資料では、蒸したあと、何らかの事情によって焼かれて炭化したものと説明されています。

ここが、現在のおにぎりとの大きな違いです。

私たちが普段食べているおにぎりは、一般的には炊いたご飯を手で握ったものです。一方、約2000年前の米のかたまりは、もち米を蒸して作られたとみられています。

形は似ていても、作り方まで同じだったわけではないのです。

実際には「握り飯」より「ちまき」に近かった可能性がある

さらに重要なのが、この米のかたまりが「握られて作られた」とは考えられていない点です。

『石川県埋蔵文化財センター』は、形などから考えると、炊いたご飯を握った「握り飯」というより、何かに包んで蒸したもの、または煮たものに近いと説明しています。このため、現在は「チマキ状炭化米塊」という名称が使われています。

『石川デジタルミュージアムネットワーク』でも、調理方法は現在のちまきに近いものだったとされています。

ただし、「約2000年前に現在とまったく同じちまきが存在した」という意味ではありません。

ここでいう「チマキ状」は、現代のおにぎりのように炊いた米を握った食品というより、米を包んで蒸すような食品だった可能性を表す言葉です。

つまり、「日本最古のおにぎり」という呼び名から想像する姿と、研究から考えられている実際の調理法には違いがあります。

なぜ三角形だったのかは分かっていない

現在のおにぎりでは、三角形は非常によく見られる形です。そのため、約2000年前の米のかたまりも、おにぎりと同じように人が三角形に整えたと考えたくなります。

しかし、この資料がなぜ三角形に近い形になったのかについて、はっきりした理由までは分かっていません。

包んだ材料や包み方によって形ができた可能性なども考えられますが、残っている資料だけから具体的な作り方を再現するのは困難です。

考古学では、見た目だけで昔の食品の正体を決めるわけではありません。米粒の種類や状態、加熱された痕跡、形、発見された場所など、残された情報を組み合わせて当時の調理方法を考えます。

この炭化米塊の場合は、「三角形だからおにぎり」と判断するのではなく、もち米が使われていることや、蒸されたと考えられることなどを含めて研究されています。

食べ物ではなく「供え物」だった可能性もある

この炭化米塊には、もう一つ興味深い点があります。

何のために作られたのかが分かっていないのです。

『石川デジタルミュージアムネットワーク』では、日常の保存食や携帯食だった可能性のほか、神などに供える食べ物や、厄除けのためのものだった可能性も示されています。

さらに、発見された状況から、建物の中や軒先などにつり下げられていたものが落ちた可能性も考えられています。

そのため、約2000年前の人が昼食などとして普通に食べていたものなのか、保存していた食品なのか、それとも特別な意味を持つ供え物だったのかは確定していません。

「日本最古のおにぎり」と呼ばれているものの、その用途まで考えると、私たちが現在食べているおにぎりとはかなり違う食品だった可能性があります。

平安時代には「握った米」の記録が登場する

では、現在のおにぎりに近い「米を握った食べ物」は、いつごろの資料に登場するのでしょうか。

その一つとして知られているのが、平安時代の「屯食」です。「屯食」は「とんじき」と読みます。

『農林水産省』によると、屯食は蒸した米で作る「強飯(こわめし)」を握った食べ物です。貴族の屋敷で宴会などが開かれた際、そこで働く人々などに出されていたとされています。現在のおにぎりの原型の一つとして紹介されています。

平安時代に成立した『源氏物語』にも、この屯食が登場します。

登場するのは第一帖「桐壺」で、主人公である光源氏の元服が描かれた場面です。『源氏物語』に屯食という言葉が記されていることは、『農林水産省』の資料でも確認できます。

約2000年前の「チマキ状炭化米塊」と違い、屯食は米を「握った」食べ物として説明されています。

そのため、おにぎりの歴史を考えるときには、考古学的に発見された約2000年前の米のかたまりと、文献に残る平安時代の屯食を分けて考えると分かりやすくなります。

おにぎりは持ち運びやすい食べ物として使われていった

米を握って一つにまとめると、食器を使わずに食べやすくなります。この手軽さは、おにぎりの大きな特徴です。

『農林水産省 北陸農政局』の資料では、平安時代の屯食以降、おにぎりは皿を必要としない便利な食べ物として、戦国時代には携帯食として利用され、野良仕事の弁当としても重宝されたと紹介されています。

米を持ち運びやすい形にまとめ、そのまま食べられるという特徴は、現代のおにぎりにも受け継がれています。

約2000年前の「チマキ状炭化米塊」が、その後のおにぎりへ直接つながったことを示す資料があるわけではありません。一方で、日本で古くから米をさまざまな方法で加工し、持ち運んだり保存したりしていたことを考えるうえでは重要な資料です。

「日本最古のおにぎり」という呼び名は今も使われている

研究によって、握り飯よりもちまきに近い食品だった可能性が示されていますが、「日本最古のおにぎり」という呼び名は現在も残っています。

『石川県埋蔵文化財センター』が2025年に公開した展示資料でも、1987年12月の報道発表以来、「日本最古のおにぎり」として話題を集めた資料だと紹介されています。その一方で、資料そのものの名称は「チマキ状炭化米塊」とされています。

さらに2026年に石川県教育委員会が公開した案内でも、「日本最古のおにぎり」と報道された「チマキ状炭化米塊」として紹介されています。

つまり、「日本最古のおにぎり」は世間に広く知られている通称であり、資料の特徴をより正確に表した名称が「チマキ状炭化米塊」ということです。

三角形に近い見た目だけなら、現在のおにぎりによく似ています。しかし中身を調べると、使われていたのはもち米で、蒸して作られ、何かに包まれていた可能性があります。

「日本最古のおにぎり」と呼ばれる小さな米のかたまりは、約2000年前の人々がどのように米を調理し、保存し、利用していたのかを考えることのできる貴重な考古資料なのです。

まとめ

  • 「日本最古のおにぎり」と呼ばれる炭化米塊は、石川県中能登町の杉谷チャノバタケ遺跡から見つかった約2000年前の資料
  • 炭化米塊は三角形に近い形をしており、現代の三角おにぎりを思わせる見た目
  • 分析の結果、使われていたのはもち米で、蒸して作られた可能性が高い
  • 現代のおにぎりのような「握り飯」ではなく、何かに包んで蒸したり煮たりした食品に近いと考えられている
  • 現在の資料名は「チマキ状炭化米塊」で、「日本最古のおにぎり」は広く知られた通称
  • 平安時代には、蒸した米を握った「屯食」が登場し、おにぎりの原型の一つとされている
  • 約2000年前の炭化米塊は、当時の人々が米をどのように調理・利用していたかを知るための貴重な考古資料

普段何気なく食べているおにぎりですが、その歴史をたどると、約2000年前の米のかたまりにまで行き着きます。「日本最古のおにぎり」と呼ばれてきたものが、実際には現在の握り飯とは異なる方法で作られた可能性があるという点も興味深いところです。

身近な食べ物でも、詳しく調べてみると、私たちが思い描いていた姿とは少し違う歴史が隠れていることがあります。

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