ロシアの美術館には「猫のスタッフ」がいる!?【美術館の文化を象徴する存在】

長い歴史を持つロシアには、何百年にもわたって受け継がれてきた文化や習慣があります。中には、現代の感覚では少し不思議に思えるものが、今も形を変えながら残っています。

第124回雑学調査レポートでは、そんな「ロシア」に関する雑学をご紹介していきます。

目次

エルミタージュ美術館には本当に猫が暮らしている

ロシアのサンクトペテルブルクにある『エルミタージュ美術館』には、「エルミタージュの猫」と呼ばれる猫たちが実際に暮らしています。

「美術館で働く猫」と紹介されることもありますが、人間のような正式な職員という意味ではありません。猫たちは長い間、宮殿や美術館をネズミなどのげっ歯類から守る役割を担ってきました

『エルミタージュ美術館』の公式情報でも、猫たちは現在、宮殿の地下で暮らし、美術館とコレクションをげっ歯類から守っていると説明されています。つまり、単なるマスコットとして猫を飼っているわけではなく、その背景には実用的な理由があります。

現在では美術館を代表する人気者にもなっており、猫をテーマにした公式イベントまで開催されています。

猫と宮殿の関係はピョートル1世の時代に始まった

『エルミタージュ美術館』によると、エルミタージュの猫につながる歴史は18世紀初頭までさかのぼります。

ロシア皇帝ピョートル1世が、オランダから連れてきた猫を宮殿に住まわせたことが始まりとされています。現在のエルミタージュにその猫の子孫がそのまま残っているという意味ではなく、「ロシア皇帝の宮殿で猫を飼う」という歴史の始まりとして紹介されているものです。

その後、この宮殿の猫たちに、よりはっきりとした仕事が与えられることになります。それがネズミ捕りでした。

1745年には「ネズミを捕る猫を30匹送れ」という命令が出された

猫の歴史を語るうえで特に有名なのが、ピョートル1世の娘でロシア皇帝となったエリザヴェータ・ペトロヴナが1745年に出した命令です。

「宮廷への猫の送付に関する命令」と呼ばれる文書で、カザンでネズミを捕るのに適した大きな猫を探し、サンクトペテルブルクの宮廷へ送るよう指示しました。

記録には、集める猫の数として30匹と明記されています。単に猫好きの皇帝がペットを集めたわけではなく、ネズミを捕らえる能力を持った猫が必要とされていたのです。

ここで注意したいのが、現在見られる冬宮殿との年代の違いです。1745年の命令は、現在の冬宮殿が完成する前に出されています。

現在『エルミタージュ美術館』の主要建築物となっている冬宮殿は、建築家フランチェスコ・バルトロメオ・ラストレッリの設計によって1754年から1762年に建設されました。そのため、「1745年に現在の冬宮殿へ30匹の猫が送られた」と考えるより、「皇帝の宮廷へネズミ対策の猫を送る制度が作られた」と理解するほうが正確です。

エカチェリーナ2世の時代には「絵画ギャラリーの守り手」になった

エリザヴェータ・ペトロヴナの後にロシアを治めたエカチェリーナ2世の時代になると、猫と美術品との結び付きがさらに強くなります。

『エルミタージュ美術館』は、エカチェリーナ2世が猫たちに「絵画ギャラリーの守り手」という位置付けを与えたと紹介しています。

エカチェリーナ2世は1764年、ベルリンの商人ヨハン・エルンスト・ゴツコフスキーが所有していた大規模な美術コレクションを取得しました。『エルミタージュ美術館』では、この1764年を美術館創設の年としています。

つまり、もともとは皇帝の宮殿をネズミから守っていた猫たちが、美術品のコレクションが増えていくにつれて「美術品を守る猫」としても扱われるようになったのです。

現在まで続く「エルミタージュの猫」というイメージは、この長い歴史の中で作られていきました。

現在の猫は展示室ではなく地下で暮らしている

「美術館で働く猫」と聞くと、名画の前を猫が歩いたり、展示室を巡回したりしている姿を想像するかもしれません。

しかし、現在のエルミタージュの猫は、基本的に展示室には入りません

『エルミタージュ美術館』が2026年に公開した子ども向け資料でも、猫たちは宮殿の地下で暮らし、美術館とコレクションをげっ歯類から守っている一方、展示室には姿を見せないと説明されています。

そのため、一般的な美術館見学で猫と出会えるとは限りません。

猫たちの生活場所は地下にあり、その中には「猫の家」と呼ばれる専用の空間があります。普段は来館者が自由に入る場所ではありませんが、「エルミタージュの猫の日」などの特別な機会には公開されることがあります。

「猫が展示室を歩きながら名画を警備している」というより、「宮殿の地下で暮らし、長年にわたって建物をげっ歯類から守ってきた」と考えると、実際の姿に近くなります。

第二次世界大戦中には猫がいなくなる時期もあった

エルミタージュの猫の歴史は、18世紀から現在まで一度も途切れず続いたわけではありません。

大きな断絶が起きたのが、第二次世界大戦中のレニングラード包囲戦です。

現在のサンクトペテルブルクは、ソビエト連邦時代にはレニングラードという名前でした。この街は1941年から1944年にかけて長期間包囲され、食料や燃料が極端に不足する深刻な状況に置かれます。

当時はエルミタージュの美術品の多くも避難させられ、残された職員たちは空襲から身を守るため、宮殿の地下に設置された防空壕などで生活していました。『エルミタージュ美術館』にも当時の地下生活に関する記録が残されています。

深刻な飢餓によって街の動物も急激に減り、エルミタージュからも猫がいなくなったと伝えられています。

戦後になると、ノヴゴロドやプスコフなどから新しい猫が連れてこられ、再びエルミタージュで暮らすようになりました。

そのため、現在いる猫たちが18世紀の猫から途切れることなく続く一つの集団というわけではありません。戦争によって猫がいなくなる時期を挟みながらも、「宮殿や美術館を猫がネズミから守る」という伝統そのものが復活し、受け継がれてきたのです。

1990年代には猫を守る仕組みも整えられた

長い歴史を持つエルミタージュの猫ですが、現在のような飼育環境が最初から整っていたわけではありません。

大きな転機となったのが1990年代です。

『Russia Beyond』の2014年の記事では、1995年に『エルミタージュ美術館』で働き始めたマリア・ハルトゥネン氏が地下へ行ったところ、十分な世話を受けられていない多数の猫を見つけたと紹介されています。

ハルトゥネン氏らは猫に食事を与え始め、その後「猫に1ルーブル」という資金集めの活動も行いました。集まった資金は、猫の食事や治療などに役立てられました。

さらに美術館側の協力によって、地下の一部が猫の世話をするための場所として整えられていきます。そこには餌を入れる器や猫用の設備などが用意され、獣医によるケアも行われるようになりました。

こうして猫は「美術館を守る存在」であるだけでなく、美術館側からも守られる存在になっていったのです。

猫は今でも「美術館を守る存在」として扱われている

昔の宮殿では、猫がネズミを直接捕まえることが重要な仕事でした。

現代では建物の管理方法や衛生環境も大きく変わっています。それでも『エルミタージュ美術館』は現在も、地下で暮らす猫たちについて「美術館とコレクションをげっ歯類から守っている」と説明しています。

一方で、猫たちの存在には別の意味も加わりました。

長い歴史を伝える存在であり、美術館の文化を象徴する存在でもあります

2026年には、『エルミタージュ美術館』のミハイル・ピオトロフスキー館長が、エルミタージュの猫について「美術館の伝説が、その象徴、さらにサンクトペテルブルクの象徴の一つになった例」という趣旨の説明をしています。

18世紀には実用的なネズミ対策として必要とされた猫が、約300年の歴史を経て、美術館そのものを表す存在へと変化してきたことが分かります。

「エルミタージュの猫の日」という公式イベントまである

エルミタージュの猫が現在どれほど親しまれているのかが分かるのが、「エルミタージュの猫の日」です。

これは『エルミタージュ美術館』が実施している、館内で暮らす猫をテーマにした公式イベントです。

猫を題材にした展示や子どもの絵画企画、クイズ、ゲーム、ワークショップなど、さまざまな催しが行われています。開催年によっては、普段入ることのできない猫たちの生活場所も公開されます。

2026年にも「エルミタージュの猫の日 2026」が開催されました。

5月30日には冬宮殿の大中庭などで、猫をテーマにした作品展示、木製の猫への彩色企画、ワークショップ、クイズなどが行われました。

さらに2026年は、猫たちが暮らす「猫の家」が5月30日と31日の2日間にわたって公開されています。来館者は列に並び、普段は見ることのできない猫たちの生活場所を訪れることができました。

2026年のイベントは26回目の開催でした。公式発表によると、絵画コンテストには10か国を超える国々から約4,000点の作品が寄せられ、23点が最終作品として選ばれています。

かつては「ネズミを捕まえるために宮廷へ連れてこられた猫」だった存在が、現在では毎年イベントが開かれ、世界各地から作品が集まるほど有名になっているのです。

まとめ

  • エルミタージュ美術館には、ネズミなどのげっ歯類対策を担ってきた猫たちが実際に暮らしている
  • エルミタージュの猫につながる歴史は18世紀初頭までさかのぼる
  • 1745年には、ネズミを捕るのに適した猫30匹をサンクトペテルブルクの宮廷へ送る命令が出された
  • エカチェリーナ2世の時代には、猫たちは「絵画ギャラリーの守り手」として位置付けられた
  • 現在の猫たちは展示室ではなく、主に美術館の地下で暮らしている
  • 第二次世界大戦中のレニングラード包囲戦では猫が姿を消したが、戦後に他地域から再び猫が連れてこられた
  • 1990年代には、猫の食事や治療、生活環境を整える取り組みが本格化した
  • 現在では「エルミタージュの猫の日」が開かれるほど、美術館を象徴する存在として親しまれている

昔の事情から始まった習慣が、形を変えながら現代まで残っている例は世界各地にあります。エルミタージュの猫も、その一つといえるでしょう。

ネズミ対策として始まった猫との暮らしが、今では美術館やサンクトペテルブルクを象徴する文化として親しまれています。

この記事が気に入ったら
フォローしてね!

この雑学をもっと広めよう!
  • URLをコピーしました!
  • URLをコピーしました!
目次