肺には空気を吸い込む力がない!?【呼吸は珍しい運動】

「呼吸は肺でするもの」。そう聞けば、多くの人が特に疑問を持たないでしょう。しかし、普段何気なく行っている呼吸には、思っている以上に興味深い仕組みが隠されています。

第110回雑学調査レポートでは、そんな「肺」に関する雑学をご紹介していきます。

目次

「息を吸う=肺が自分で空気を吸い込む」ではない

息を吸うと胸がふくらむので、「肺がポンプのように動いて空気を吸い込んでいる」と思うかもしれません。

ところが、肺には腕や脚のように、自分の力で大きく動くための筋肉がありません。肺が自分でぎゅっと縮んだり、大きく広がったりして空気を出し入れしているわけではないのです。

『NHLBI』は、肺をスポンジのような臓器として説明しています。スポンジを机の上に置いても、自分から大きく広がることはありません。それと似ていて、肺も周囲の動きによって広げられています。

その肺を動かすために重要なのが、横隔膜や肋間筋といった「呼吸筋」です。

私たちが息を吸うときには、まずこれらの筋肉が動いて胸の中の空間を広げます。それにつられるように肺も広がり、空気が入ってくる仕組みです。

つまり、呼吸の動力を生み出しているのは肺そのものではなく、その周りにある筋肉なのです。

呼吸の主役は肺の下にある「横隔膜」

呼吸で特に重要なのが「横隔膜」です。

横隔膜は肺のすぐ下にあり、胸とおなかの間を仕切るように広がっている大きな筋肉です。名前に「膜」と付いているので薄い膜のように思えますが、実際には呼吸のために繰り返し動く筋肉です。

普段、息を吐いた状態では、横隔膜は上側へ盛り上がったドームのような形をしています。

ここから息を吸うと、横隔膜が収縮します。すると横隔膜は下へ移動し、ドーム状だった形が少し平らになります。

横隔膜が下がれば、そのぶん胸の中の空間が広くなります。

さらに、肋骨の間にある肋間筋も働き、肋骨を動かします。これによって胸郭全体が広がり、中にある肺も一緒に広がっていきます。

胸いっぱいに息を吸ったとき、おなかや胸が大きく動くのは、この横隔膜や肋骨の動きが関係しています。

肺は胸の動きに合わせてついてくる

ここで疑問になるのが、「胸が広がっただけで、なぜ肺まで広がるのか」という点です。

肺の表面と胸の内側は、「胸膜」と呼ばれる薄い膜で覆われています。その間には少量の液体があり、肺がスムーズに動けるようになっています。

この仕組みによって、肺は胸壁の動きに追従します。

そのため、横隔膜や肋間筋が動いて胸の中の空間が広がると、肺もそれに合わせて広がります。

イメージとしては、胸の中に肺が完全に独立して浮かんでいるというより、胸郭の動きに合わせて肺も形を変えていると考えると分かりやすいでしょう。

肺が自分から「広がろう」としているわけではありません。周囲の空間が広がることで、肺も広げられているのです。

空気が入ってくる本当の理由は「圧力差」

では、肺が広がるとなぜ空気が入ってくるのでしょうか。

ポイントになるのが「圧力」です。

息を吸うとき、横隔膜が下がり、胸の中の空間が広くなります。それに合わせて肺も広がると、肺の中の圧力が少し下がります。

すると、体の外にある空気の圧力よりも、肺の中の圧力のほうが低くなります。

空気は圧力の高い場所から低い場所へ移動するため、外の空気が鼻や口から入り、気管や気管支を通って肺へ流れ込んできます。

つまり、肺が空気をつかんで引っ張っているわけではありません。

  • 横隔膜などの筋肉が胸の中を広げる
  • 肺が広がる
  • 肺の中の圧力が下がる
  • 外から空気が入ってくる

このような順番で呼吸が起こっています。

風船をふくらませるのとは少し違う

「肺が広がる」と聞くと、風船に空気を吹き込んでふくらませる様子を想像するかもしれません。

ただし、普段の呼吸では少し順番が違います。

風船は外から空気を押し込むことでふくらみます。一方、肺の場合は先に胸の中の空間が広がり、それによって肺の中の圧力が下がり、外から空気が流れ込んできます。

空気を強く押し込んでいるのではなく、肺の中に空気が入りやすい状態をつくっているわけです。

この体積と圧力の関係は、「ボイルの法則」で説明できます。

簡単にいうと、一定の条件では、気体が入っている空間が広くなるほど圧力は低くなり、狭くなるほど圧力は高くなるという関係です。

呼吸では、この物理的な仕組みが利用されています。

ストローで飲み物を飲む仕組みに少し似ている

圧力差と聞くと難しく感じますが、ストローを使う場面を考えるとイメージしやすくなります。

ストローで飲み物を飲むとき、口の中やストローの中の圧力を下げます。すると外側との圧力差によって、飲み物がストローの中を上がってきます。

呼吸でも、考え方は似ています。

肺の中の圧力が外より低くなれば、空気は自然に肺へ入ってきます。

私たちは「空気を吸い込む」という表現を普段から使いますが、体の中で起きていることを細かく見ると、「胸を広げて圧力を下げた結果、空気が入ってくる」という仕組みなのです。

息を吐くときは肺の「戻ろうとする力」を利用する

息を吸うときには横隔膜などの筋肉が積極的に働きます。

では、息を吐くときも同じように筋肉を使っているのでしょうか。

静かに呼吸しているときは、息を吐くために大きな力を使う必要はありません。

息を吸ったあと、横隔膜がゆるむと、横隔膜は再び上へ移動します。胸の中の空間も小さくなり、広がっていた肺も小さくなります。

さらに、肺には広げられると元の状態へ戻ろうとする性質があります。これを「弾性収縮力」と呼びます。

輪ゴムを引っ張ってから手を離すと元に戻ります。ふくらませた風船も、入口を開けば縮みながら中の空気を押し出します。

肺にも、それに近い「元の大きさへ戻ろうとする力」があります。

そのため安静時には、吸うときには筋肉がしっかり働き、吐くときには筋肉がゆるみながら肺や胸郭の弾性を利用するという効率的な呼吸が行われています。

強く息を吐くときは別の筋肉も働く

普段の静かな呼吸なら、息を吐く動作の多くは受動的に行われます。

しかし、いつでもそうとは限りません。

たとえば全力で走ったあとや、大きな声を出すとき、ロウソクの火を強く吹き消すときなどには、短時間でたくさんの空気を外へ出す必要があります。

このようなときには、腹筋なども呼吸に参加します。

腹筋が収縮すると、おなかの中の圧力が高まり、横隔膜を下から押し上げるような力が加わります。その結果、胸の中の容積をより小さくし、肺から空気を強く押し出しやすくなります。

普段は「体を起こすための筋肉」というイメージが強い腹筋も、状況によっては呼吸を助けているのです。

運動すると首や胸の筋肉まで呼吸を手伝う

階段を一気に駆け上がったあとや激しい運動をしたあとには、呼吸が速くなり、胸や肩まで大きく動くことがあります。

これは、体が多くの空気を必要としているためです。

安静時には横隔膜が呼吸の中心になりますが、呼吸量を増やす必要があると、さまざまな筋肉が動員されます

肋骨の間にある肋間筋は、その代表です。特に外肋間筋は肋骨を持ち上げ、胸郭を広げる方向に働きます。

さらに呼吸が強くなると、首や鎖骨周辺にある筋肉も胸郭を持ち上げる動きを助けます。

激しい運動のあとに肩を上下させながら呼吸している人がいるのは、こうした「呼吸を助ける筋肉」が普段以上に働いているためです。

呼吸は筋肉だけでなく脳にもコントロールされている

ここまで見ると、呼吸にはたくさんの筋肉が関係していることが分かります。

しかし、私たちは寝ている間も呼吸しています。

「横隔膜を下げよう」「次は息を吐こう」と考える必要もありません。

これは、脳を中心とした神経系が呼吸を自動的に調整しているためです。

体内では二酸化炭素の量や血液の状態などが常に監視されています。呼吸を増やす必要があると判断されれば、神経を通じて横隔膜などの呼吸筋へ指令が送られます。

そのため、眠っている間でも基本的には呼吸が続きます。

一方、人間は呼吸をある程度、自分の意思でも変えられます。

深呼吸したり、しばらく息を止めたり、歌うために息の量を調整したりできるのはそのためです。

無意識に続けられる一方、意識的にも動かせるという少し珍しい運動が呼吸なのです。

肺の中では小さな「肺胞」がガス交換をしている

呼吸によって肺へ空気が入ると、その空気は気管から気管支へ進み、さらに細かく枝分かれした気道の先へ向かいます。

その先にあるのが「肺胞」です。

肺胞は非常に小さな袋のような構造で、その周囲には細い血管が張り巡らされています。

ここで、吸い込んだ空気に含まれる酸素が血液へ移動します。一方、体内でつくられた二酸化炭素は血液から肺胞へ移り、息を吐くときに体の外へ出ていきます。

肺そのものの重要な役割は、このガス交換を行うことです。

空気を動かす力は主に横隔膜などが生み出し、肺の中では酸素と二酸化炭素の交換が行われるという役割分担になっています。

しゃっくりの正体も横隔膜の急な収縮

普段は横隔膜の動きを意識することはほとんどありません。

そんな横隔膜の存在を感じやすい現象が「しゃっくり」です。

しゃっくりが起こるときには、横隔膜が自分の意思とは関係なく急に収縮します。

その直後、喉にある声帯の間の部分が急に閉じることで、「ヒック」という特徴的な音が出ます。

つまり、しゃっくりも呼吸に関わる筋肉の動きによって起こる現象です。

何気なく続いている呼吸でも、横隔膜は休まず収縮と弛緩を繰り返しています。

まとめ

  • 肺は自力で膨らむのではなく、横隔膜や肋間筋などの呼吸筋によって広げられる
  • 呼吸の主役となる横隔膜は、収縮して下がることで胸の中の空間を広げる
  • 肺が広がると内部の圧力が下がり、外との圧力差によって空気が流れ込む
  • 安静時の呼気では、肺が元の状態へ戻ろうとする弾性収縮力が大きく関わる
  • 運動時や強く息を吐くときには、腹筋や首周辺など普段以上に多くの筋肉が呼吸を助ける
  • 呼吸は神経系によって自動的に調整されているため、眠っている間も続く
  • 肺の重要な役割は、肺胞で酸素を血液に取り込み、二酸化炭素を体外へ出すこと
  • しゃっくりは、横隔膜が自分の意思とは関係なく急に収縮することで起こる

息を吸ったり吐いたりするだけの単純な動きに見えても、体の中では筋肉や圧力、神経などが連携しています。

当たり前に続けている呼吸にも、知ってみると意外な仕組みが隠されているのです。

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