「ピアノ」と聞いて思い浮かべる姿は、おそらく多くの人が似ているでしょう。それほど現在のデザインは定着していますが、歴史をさかのぼると、今の常識が必ずしも当たり前ではなかったことが分かります。
第125回雑学調査レポートでは、そんな「ピアノ」に関する雑学をご紹介していきます。
現在のピアノは白い鍵盤が7本、黒い鍵盤が5本
現在のピアノでは、長い白鍵(はっけん)が横に並び、その間に短い黒鍵(こっけん)があります。
1オクターブを見ると、「ド・レ・ミ・ファ・ソ・ラ・シ」に当たる7本の鍵盤が白鍵です。その間にある半音を出す5本の鍵盤が黒鍵になっています。
普段から見慣れているため、「ピアノの鍵盤は昔からこの色だった」と思う人も多いでしょう。
ところが、昔の鍵盤楽器を見ると、現在とは反対に見える鍵盤があります。
『ヤマハ』は、モーツァルトが生きた18世紀には、現在の白鍵に当たる長い鍵盤が黒く、現在の黒鍵に当たる短い鍵盤が白い楽器が広く使われていたと紹介しています。

こうした配色はピアノだけではありません。チェンバロやオルガンなど、さまざまな鍵盤楽器で見ることができます。
ただし、「18世紀の鍵盤はすべて現在と逆だった」というわけではありません。同じ時代に、現在とほぼ同じ白黒配置を持つ楽器も作られていました。
「昔のピアノは白鍵と黒鍵が逆だった」は半分正しい
「昔のピアノは白鍵と黒鍵が逆だった」という雑学には、歴史的な根拠があります。
ただし、より正確に説明すると、「昔の鍵盤楽器には、現在とは反対の配色を持つものが数多く存在した」となります。
当時の実物は現在も博物館に残されています。
たとえば、『Smithsonian Institution』が所蔵している1745年製のヨハネス・ダニエル・デュルケンのチェンバロでは、現在の白鍵に当たる長い鍵盤に黒檀(こくたん)が使われています。
黒檀は非常に色の濃い木材なので、長い鍵盤は黒く見えます。
一方、現在の黒鍵に当たる短い鍵盤には象牙が使われているため、こちらは白く見えます。
つまり、現在のピアノとは白と黒の印象がほぼ反対です。
『The Metropolitan Museum of Art』が所蔵する1742年製のルイ・ベロのチェンバロでも、長い鍵盤には黒檀が使われています。
短い鍵盤には、黒く染めた木材の上に明るい骨の板が取り付けられており、全体として現在とは逆に近い配色になっています。
こうした実物が残っているため、「昔には現在とは逆配色の鍵盤があった」という話自体は事実です。
「白鍵」と「黒鍵」ではなく「幹音鍵」と「半音鍵」で考えると分かりやすい
昔の鍵盤を理解するときには、「白鍵」「黒鍵」という名前だけで考えないほうが分かりやすくなります。
鍵盤は大きく、「幹音鍵(かんおんけん)」と「半音鍵(はんおんけん)」に分けられます。
幹音鍵は、現在なら「ド・レ・ミ・ファ・ソ・ラ・シ」を弾く長い鍵盤です。
半音鍵は、幹音鍵よりも短く、一段高い位置にある鍵盤です。現在のピアノでは黒くなっています。
昔の楽器でも、この基本的な位置関係は大きく変わりません。
違っていたのは主に色です。
たとえば、現在のピアノでは幹音鍵が白く、半音鍵が黒くなっています。
一方、18世紀の一部のチェンバロでは、幹音鍵が黒く、半音鍵が白くなっていました。
つまり、「白鍵と黒鍵そのものが入れ替わった」というより、「長い幹音鍵と短い半音鍵に使われる色が現在とは反対だった」と考えると理解しやすいでしょう。
1744年と1745年の楽器を比べると配色がほぼ正反対
18世紀には、現在型と逆配色型の鍵盤が同じ時期に存在していました。
そのことがよく分かるのが、1744年と1745年に作られた2台のチェンバロです。
『The Metropolitan Museum of Art』には、ジェイコブ・カークマンが1744年にロンドンで製作したチェンバロが所蔵されています。
この楽器では、長い幹音鍵の表面に象牙が使われ、短い半音鍵には黒檀が使われています。
そのため、見た目は「長い鍵盤が白、短い鍵盤が黒」です。
現在のピアノとほぼ同じ配色といえます。
ところが、その翌年の1745年にアントワープで作られたデュルケンのチェンバロは反対です。
長い幹音鍵が黒檀で黒く、短い半音鍵が象牙で白くなっています。
つまり、わずか1年違いの楽器で、鍵盤の白と黒がほぼ反対になっているのです。
この2台だけを見ても、「昔はすべて逆で、その後一斉に現在の配色へ変わった」という単純な歴史ではないことが分かります。
地域や製作者、楽器の種類によって、異なる配色が同じ時代に使われていました。
モーツァルトの時代にも現在と同じ配色のピアノはあった
モーツァルトは1756年に生まれ、18世紀後半に活躍しました。
そのため、「モーツァルトが弾いていた時代のピアノは、すべて現在と白黒が反対だった」と思われることがあります。
しかし、現存する楽器を見ると、モーツァルトの時代にはすでに現在型の鍵盤も存在していました。
『The Metropolitan Museum of Art』には、ヨハネス・ツンペが1767年に製作したスクエア・ピアノが所蔵されています。
スクエア・ピアノとは、18世紀から19世紀に広く使われた箱型の小型ピアノです。
この1767年製のピアノでは、長い幹音鍵に象牙、短い半音鍵に黒檀が使われています。
つまり、現在と同じように「長い鍵盤が白く、短い鍵盤が黒い」見た目です。
1767年は、1756年生まれのモーツァルトが11歳だった年です。
したがって、モーツァルトが生きていた時代には、現在とほぼ同じ配色のピアノがすでに作られていました。
一方で、同じ18世紀には逆配色のチェンバロなども使われています。
「モーツァルト時代には逆配色の鍵盤楽器も広く使われていた」と理解するのが適切です。
昔の黒い鍵盤には黒檀が使われていた
昔の鍵盤の色は、単純に白や黒の塗料を塗って作られていたとは限りません。
鍵盤の表面に使われる素材そのものが、色を作り出していました。
代表的なのが黒檀です。
黒檀は非常に濃い黒色や黒褐色を持つ木材で、古くから家具や楽器などに使われてきました。
18世紀の逆配色の鍵盤では、現在の白鍵に当たる長い幹音鍵に黒檀を使った例があります。
1745年のデュルケン製チェンバロが代表的です。
長い鍵盤の表面に黒檀が使われているため、鍵盤全体を見ると黒い部分が大きく目立ちます。
現在のピアノとはかなり違う印象になります。
白く見える鍵盤には象牙や骨が使われた
明るい色の鍵盤には、象牙や骨などが使われた例があります。
1745年のデュルケン製チェンバロでは、短い半音鍵に象牙が使われています。
そのため、現在なら黒鍵に当たる部分が白く見えます。
1742年のベロ製チェンバロでは、半音鍵の土台となる木材を黒く染め、その上に骨の板を取り付けています。
このように、同じ「白く見える鍵盤」でも、使われている素材や作り方は楽器によって異なりました。
そのため、古い鍵盤を見るときには、色だけでなく「何の素材が使われているのか」を確認すると、その楽器の特徴がより分かりやすくなります。
なぜ現在の「白い幹音鍵と黒い半音鍵」が主流になったのか
では、なぜ現在は「長い幹音鍵が白く、短い半音鍵が黒い」という配置が一般的なのでしょうか。
この変化には、はっきりと一つに決められる理由が分かっているわけではありません。
『ヤマハ』は、その理由として考えられる説を紹介しています。
その一つが、白と黒の見え方の違いです。
一般に明るい色は手前に出て見えやすく、暗い色は奥に引っ込んで見えやすい傾向があります。
ピアノの半音鍵は、幹音鍵よりも一段高く、手前へ突き出すような形をしています。
そこで、この半音鍵を黒くすることで、鍵盤全体が視覚的に安定して見える可能性があります。
また、ピアノが一般家庭や演奏会場へ広く普及していくにつれて、白い部分の多い明るい鍵盤が好まれるようになった可能性も紹介されています。

ただし、これらは有力な説明の一つです。
歴史上の実物を見ると、18世紀には現在型と逆配色型がすでに共存していました。その後、ピアノが広く普及していく過程で、「明るい幹音鍵と黒い半音鍵」という現在型のデザインが次第に一般的になったと考えると、流れを理解しやすくなります。
白と黒の色が音階を決めているわけではない
現在のピアノでは、「ドレミファソラシは白鍵」と覚えることが多いため、白と黒という色そのものが音楽の決まりのように感じるかもしれません。
しかし、音の並び方と鍵盤の色は別のものです。
重要なのは、どの位置の鍵盤を押したときに、どの高さの音が鳴るのかという配列です。
たとえば、長い幹音鍵を黒くし、短い半音鍵を白くしても、それだけでドとレの位置が入れ替わるわけではありません。
音程の関係も変わりません。
18世紀の逆配色のチェンバロでも、長い幹音鍵と短い半音鍵という基本的な鍵盤の配置を見ることができます。
現在との大きな違いは、その表面に使われた素材と色です。
したがって、「昔は白鍵と黒鍵が逆だった」という言葉は見た目を説明するには分かりやすい表現ですが、音の仕組みまで逆だったわけではありません。
現代の白鍵には天然象牙ではなく人工素材も使われる
歴史的なピアノには、明るい鍵盤の表面に象牙を使った楽器が残っています。
そのため、現在の白鍵にも象牙が使われていると思う人がいるかもしれません。
現代のピアノでは、白鍵だからといって天然象牙が使われているとは限りません。
『ヤマハ』が公開しているピアノの製造工程では、鍵盤本体の木材としてエゾ松やスプルースなどを使用し、白鍵の表面には人工象牙やアクリル素材を使用すると説明されています。
つまり、現在のピアノは歴史の中で定着した「白い幹音鍵と黒い半音鍵」という外観を受け継ぎながら、材料は時代に合わせて変化しています。
現在使われる「白鍵」という言葉は、主に鍵盤の色や位置を表す名称です。
白鍵と呼ばれているからといって、その表面が天然象牙で作られていることを意味するわけではありません。
人に話すなら「昔は逆配色の鍵盤も多かった」が分かりやすい
「昔のピアノは白鍵と黒鍵が逆だった」という雑学を人に話す場合は、少し言い方を変えると正確に伝えられます。
「昔の鍵盤楽器には、今の白鍵に当たる長い部分が黒く、今の黒鍵に当たる短い部分が白いものが多くあった」と説明すると分かりやすいでしょう。
さらに詳しく話すなら、「18世紀には逆配色の楽器が使われていた一方で、現在と同じ配色の楽器もすでに存在していた」と加えられます。
実際、1744年のカークマン製チェンバロは、白い幹音鍵と黒い半音鍵を持っています。
その翌年、1745年に作られたデュルケン製チェンバロは、黒い幹音鍵と白い半音鍵です。
わずか1年違いでも、鍵盤の色はほぼ反対でした。
現在では当たり前に見えるピアノの白鍵と黒鍵も、最初から世界共通の決まりとして存在していたわけではありません。
さまざまな地域や製作者が異なる材料や配色の鍵盤を作る中で、現在の「白い幹音鍵と黒い半音鍵」というデザインが次第に広く使われるようになったのです。
まとめ
- 18世紀には、現在の白鍵に当たる部分が黒く、黒鍵に当たる部分が白い鍵盤が広く使われていた
- 昔の鍵盤がすべて逆配色だったわけではなく、現在と同じ配色の楽器も同時代に存在していた
- 1744年のカークマン製チェンバロと1745年のデュルケン製チェンバロでは、鍵盤の配色がほぼ正反対だった
- モーツァルトが生きていた時代にも、現在とほぼ同じ白鍵・黒鍵のピアノはすでに存在していた
- 昔の鍵盤の色は塗装だけでなく、黒檀や象牙、骨などの素材によって生まれていた
- 白鍵と黒鍵の色が変わっても、ドレミの並びや音程そのものが逆になるわけではない
- 現在の「白い幹音鍵と黒い半音鍵」という配色が一般化した明確な理由は一つに定まっていない
- 現代の白鍵には天然象牙ではなく、人工象牙やアクリルなどの素材も使われている
- 「昔のピアノは白黒が逆だった」よりも「昔には現在と逆配色の鍵盤楽器も多く存在した」と説明するほうが正確
「ピアノといえば白鍵と黒鍵」という現在の常識も、長い歴史の中では当たり前ではありませんでした。
次にピアノを目にしたときは、かつて今とは反対に見える鍵盤が使われていたことを思い出してみてはいかがでしょうか。
参考文献
- ヤマハ「ピアノのマメ知識:モーツァルト時代のピアノは白鍵と黒鍵がさかさまだった」
- The Metropolitan Museum of Art「Harpsichord/Jacob Kirkman」
- Smithsonian Institution「Dulcken Double Manual Harpsichord」
- The Metropolitan Museum of Art「Harpsichord/Louis Bellot」
- The Metropolitan Museum of Art「Square Piano/Johannes Zumpe」
- ヤマハ「ピアノのできるまで:鍵盤アクションづくり」

