軍艦巻きの始まりはウニだった!?【寿司は工夫によって発展してきた料理】

寿司と聞くと、昔からほとんど変わらない日本の伝統料理というイメージを持つ人も多いでしょう。しかし、現在おなじみになっている寿司の中には、意外な歴史を持つものもあります。

第145回雑学調査レポートでは、そんな「寿司」に関する雑学をご紹介していきます。

目次

軍艦巻きは1940年代に『銀座久兵衛』で考案されたとされている

ウニやイクラなどを載せる軍艦巻きは、現在では寿司店や回転寿司などでおなじみの寿司です。しかし、にぎりずしと比べると、その歴史はそれほど古くありません。

軍艦巻きを考案したとされているのが、東京・銀座の寿司店『銀座久兵衛』です。

『銀座久兵衛』は1935年12月1日に銀座8丁目で創業しました。同店の公式サイトでは、1940年代に初代店主の今田壽治氏が、ウニを海苔で巻いた「軍艦巻」を考案したと紹介しています。

つまり、軍艦巻きは江戸時代から存在していた寿司ではなく、20世紀になってから生まれた比較的新しい寿司です。

一方、現在の寿司の代表的な形であるにぎりずしは、江戸時代に誕生しました。

農林水産省によると、江戸時代後期には、にぎりずしが屋台で気軽に食べられる料理として庶民の間に広まっていました。当時の江戸前寿司では、コハダやサバを酢で締める、アナゴを煮る、エビを蒸すなど、食材に合わせてさまざまな下ごしらえが行われていました。

そうした長いにぎりずしの歴史に、1940年代になって新しく加わった形の一つが軍艦巻きです。

軍艦巻きが生まれたきっかけはウニだった

軍艦巻きが生まれた背景には、「ウニをどのように寿司として提供するか」という問題がありました。

一般的なにぎりずしは、握った酢飯の上に魚介類などのネタを載せて作ります。

例えば、マグロやタイのような魚であれば、適切な大きさに切った身をシャリの上に載せることができます。ネタ自体にある程度の形があるため、にぎりずしとしてまとめやすい食材です。

しかし、ウニは事情が異なります。

ウニは非常に柔らかいため、魚の切り身のように一定の形に切ってシャリの上へ載せることが難しい食材です。そのままでは形が崩れたり、シャリの上から落ちたりしやすくなります。

そこで考えられたのが、シャリの周囲を海苔で囲む方法でした。

『銀座久兵衛』の公式サイトでは、初代店主の今田壽治氏がウニを海苔で巻く軍艦巻きを考案したことで、それまで寿司ネタとして扱いづらかった食材もおいしく提供できるようになったと説明しています。

軍艦巻きは、単に見た目の違う寿司を作るために生まれたものではありません。通常のにぎりずしでは扱いにくいウニを、寿司として食べやすい形にするための工夫だったのです。

海苔をシャリの周囲に巻くことで小さな「器」を作った

軍艦巻きの大きな特徴は、シャリの側面を帯状の海苔で囲んでいることです。

一般社団法人『日本惣菜協会』では、軍艦巻きについて、小さく細長く握った酢飯の側面を海苔で巻き、その上に具材を載せた寿司と説明しています。

軍艦巻きでは、海苔をシャリより少し高くなるように巻きます。

すると、シャリの上に海苔で囲まれたスペースができます。そこへウニやイクラなどの具材を入れれば、柔らかいものや粒状のものでも、こぼれにくくなります。

イメージとしては、シャリを底にし、海苔を壁にした小さな器を作るような構造です。

この形なら、魚の切り身のようにシャリの上へ直接載せにくい食材でも、寿司としてまとめることができます。

ウニだけでなく、粒が一つずつ分かれているイクラにも向いています。イクラを通常のにぎりずしのようにシャリの上へ直接置けば、食べるまでに転がり落ちてしまう可能性があります。

しかし、海苔で周囲を囲めば、その内側にイクラを盛ることができます。

現在では当たり前に見える軍艦巻きの形は、寿司ネタを安定して載せるための非常に合理的な構造なのです。

「軍艦巻き」という名前は軍艦に似た形が由来

軍艦巻きの「軍艦」という名前は、その見た目に由来するとされています。

一般社団法人『日本惣菜協会』は、軍艦巻きについて「形状が軍艦に似ていること」が名前の由来であると説明しています。

軍艦巻きを横から見ると、シャリの周囲を黒い海苔が囲み、その上にウニやイクラなどの具材が盛られています。

黒い海苔の部分を船体のように見ると、全体が海に浮かぶ軍艦のような形に見えます。この特徴から「軍艦巻き」と呼ばれるようになったというわけです。

名前には「巻き」と付いていますが、一般的な巻き寿司とは作り方が異なります。

巻き寿司は、海苔の上に酢飯を広げ、その内側に具材を置いて全体を巻きます。具材は基本的に酢飯の内側に入ります。

一方、軍艦巻きではシャリそのものを海苔で包み込むわけではありません。小さく握ったシャリの側面だけを海苔で囲み、具材を上に載せます。

同じ「巻き」という名前が付いていても、海苔の使い方には大きな違いがあります。

ウニだけでなくイクラなども寿司にしやすくなった

軍艦巻きが考案されたことで、寿司に使える食材の幅も広がりました。

通常のにぎりずしでは、ネタをシャリの上に載せる必要があります。そのため、ある程度まとまった形を保てる食材のほうが扱いやすくなります。

ところが、軍艦巻きでは海苔が具材を支えてくれます。

そのため、ウニのような柔らかい食材だけでなく、イクラのような小さな粒が集まった食材も盛り付けやすくなりました。

一般社団法人『日本惣菜協会』も、軍艦巻きに使われる代表的な具材としてウニやイクラを挙げています。

軍艦巻きの重要なポイントは、ネタそのものの形を変えるのではなく、「ネタを載せるシャリの構造」を変えたことです。

通常のにぎりずしでは、「シャリの上にネタを載せる」という方法が基本です。一方、軍艦巻きでは海苔の囲いを作ることで、「シャリの上に具材を盛る」という方法を使えるようになりました。

この小さな違いによって、従来の方法では扱いにくかった食材も寿司として提供しやすくなったのです。

軍艦巻きが生まれた背景には寿司の長い変化がある

現在では伝統料理という印象の強い寿司ですが、長い歴史の中では何度も形や食べ方が変化しています。

農林水産省によると、江戸時代のにぎりずしは、現在のものと比べて寿司飯が3倍ほどの大きさだったとされています。

当時のにぎりずしは、現在の高級寿司店で一貫ずつ味わうような料理とは少し性格が異なり、庶民が屋台で小腹を満たすために食べる料理として広まりました。

また、冷蔵技術が発達していなかったため、現在のように生の魚をそのまま使うだけではありませんでした。

魚を酢で締めたり、煮たり、蒸したりするなど、保存性や味を考えたさまざまな調理法が使われていました。

その後、材料や味にこだわる寿司店が増え、寿司は高級料理としても発展していきます。一方で、回転寿司や持ち帰り寿司なども広がり、手軽に食べられる料理としての特徴も受け継がれました。

農林水産省は、にぎりずしについて、高級化と手軽化の両方の工夫によって発展してきた料理として紹介しています。

軍艦巻きも、こうした寿司の変化の中から生まれた一つの工夫です。

1940年代、『銀座久兵衛』の初代店主である今田壽治氏が、従来のにぎりずしでは扱いにくかったウニを寿司にするため、シャリの周囲を海苔で囲む方法を考案したとされています。

その方法によって、ウニだけでなくイクラなども寿司として提供しやすくなりました。

現在では定番となっている軍艦巻きの形も、もともとは「扱いにくい食材を、どうすれば寿司としておいしく食べられるのか」という職人の工夫から生まれたものだったのです。

まとめ

  • 軍艦巻きは1940年代に『銀座久兵衛』で考案されたとされている
  • 軍艦巻きが生まれたきっかけは、柔らかく崩れやすいウニを寿司として提供するためだった
  • シャリの周囲を海苔で囲むことで、ウニやイクラのような載せにくい食材も寿司にしやすくなった
  • 「軍艦巻き」という名前は、海苔で囲まれた形が軍艦に似ていることに由来する
  • 軍艦巻きの登場によって、従来のにぎりずしでは扱いにくかった食材も寿司ネタとして使いやすくなった
  • 軍艦巻きは、寿司が食材や時代に合わせて形を変えてきたことを示す一例である

寿司は昔から続く伝統料理ですが、現在見慣れているすべての形が古くから存在していたわけではありません。軍艦巻きのように、新しい工夫から生まれ、やがて定番になった寿司もあります。

何気なく食べている一貫の歴史を知ることも、寿司の楽しみ方の一つといえるでしょう。

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