オレンジと風船は、普段ならほとんど関係のない組み合わせです。片方は食卓に並ぶ果物、もう片方は遊びや飾りつけに使う道具です。
しかし、この2つを近づけると、予想もしない出来事が起こることがあります。身近なもの同士だからこそ、その意外な結果に驚かされます。
第97回雑学調査レポートでは、そんな「オレンジ」に関する雑学をご紹介していきます。
オレンジの皮をしぼると風船が突然割れる
膨らませたゴム風船の近くで、オレンジの皮を強く折り曲げると、風船が突然「パン!」と割れることがあります。
針で刺したわけでも、火を近づけたわけでもありません。風船を割っているのは、オレンジの皮から飛び出す細かな油です。
オレンジの皮の表面には、香りのある油をためた小さな袋がたくさんあります。皮を強く曲げると袋がつぶれ、中の油が霧のように飛び出します。
この油がゴム風船に当たると、風船の表面が部分的に弱くなります。膨らんだ風船には常に強い力がかかっているため、弱くなった場所から一気に裂けてしまうのです。
アメリカ化学会も、この現象を身近な材料で溶剤の働きを学べる実験として紹介しています。
原因となる成分は「リモネン」
オレンジの皮に含まれる代表的な成分が「リモネン」です。
リモネンは、オレンジやレモンなどの爽やかな香りをつくっている成分の一つです。炭素と水素からできた有機化合物で、柑橘類の皮に含まれる精油の主な成分として知られています。
オレンジの皮を指で折り曲げたとき、表面から細かな液体が飛ぶことがあります。この液体が精油です。その精油には、d-リモネンが多く含まれています。
リモネンはオレンジだけの成分ではありません。
レモン、ミカン、グレープフルーツなど、さまざまな柑橘類の皮にも含まれています。果物の種類によって割合は変わりますが、柑橘類の皮油では主要な香り成分になっていることがあります。
リモネンは香料や食品の香りづけに使われるほか、油汚れを落とす洗浄剤や溶剤にも利用されています。油になじみやすい性質を持っているためです。
リモネンがゴム風船を弱くする仕組み
一般的なゴム風船の多くには、天然ゴムを原料とするラテックスが使われています。
天然ゴムの主な成分は「ポリイソプレン」という物質です。ポリイソプレンは、小さな分子が長い鎖のようにつながった高分子です。
この長い分子の鎖が伸びたり縮んだりすることで、ゴム特有のやわらかさや弾力が生まれます。
風船に使われるゴムは、分子の鎖同士を部分的につなぐ加工がされています。このつながりを「架橋」といいます。
架橋されているため、リモネンが触れても、風船がすぐに液体のように溶けるわけではありません。
ただし、リモネンはゴムの内部へ少しずつ入り込むことができます。リモネンが分子の鎖の間に入り込むと、鎖同士の間隔が広がり、ゴムがふくらんだような状態になります。
液体が高分子の内部へ入り、体積が増える現象を「膨潤」と呼びます。
ゴムが膨潤すると、分子の鎖同士が支え合う力が弱くなります。その結果、ゴムは引っ張る力に耐えにくくなります。
膨らませた風船の表面は、内側の空気によって常に引っ張られています。そのため、リモネンが当たった小さな部分だけでも強度が下がると、そこに力が集中します。
弱くなった場所に小さな裂け目ができると、その裂け目は一瞬で広がります。これが、風船が「パン!」と破裂する理由です。

ゴムを完全に溶かしているわけではない
オレンジの皮で風船が割れる理由は、「リモネンがゴムを溶かすから」と説明されることがあります。
大まかなイメージとしては間違いではありませんが、より正確には、リモネンがゴムの内部へ入り込み、膨潤させて弱くしていると考えられます。
風船のゴムは架橋されているため、リモネンに触れた瞬間にすべてが液体へ変わるわけではありません。
リモネンが当たった場所の構造がゆるみ、引っ張る力に耐えられなくなった結果、破裂します。
天然ゴムをd-リモネンに浸した研究でも、ゴムの膨潤や引っ張り強度の低下が確認されています。リモネンの濃度が高く、浸している時間が長いほど、変化が大きくなる傾向も報告されました。
ただし、この研究では天然ゴムの試料を、濃度20~60%のリモネンに30~90分間浸しています。
オレンジの皮から飛んだ精油が風船に当たり、短時間で割れる実験とは条件が異なります。そのため、この研究は、リモネンが天然ゴムを膨潤させて強度を下げる性質を持つことを確認する資料として見る必要があります。
「似た性質の物質はなじみやすい」
リモネンが天然ゴムの内部へ入りやすい理由は、化学で使われる「似た性質の物質同士はなじみやすい」という考え方で説明できます。
リモネンも、天然ゴムの主成分であるポリイソプレンも、主に炭素と水素からできています。どちらも水とは混ざりにくく、油に近い性質を持っています。
性質が似ているため、リモネンは天然ゴムとなじみやすく、内部へ入り込めます。
一方、水と天然ゴムは性質があまり似ていません。そのため、水を風船にかけただけでは、通常はオレンジの皮と同じような変化は起こりません。

「似たもの同士は溶け合う」と表現されることもありますが、風船では完全に溶けるというより、リモネンが内部へ浸透してゴムを弱くすると考えるほうが正確です。
果汁ではなくオレンジの「皮」が重要
この実験では、オレンジの果肉や果汁ではなく、外側の皮を使います。
リモネンを多く含む精油は、主に皮の外側にあるオレンジ色の部分にたまっています。この色のついた部分は「フラベド」と呼ばれます。
フラベドの内部には、精油をためた小さな袋があります。
オレンジの皮をむいたときに強い香りが広がるのは、皮の袋が壊れ、中の精油が空気中へ放出されるためです。

一方、オレンジ果汁の大部分は水です。果汁にも香りの成分は含まれていますが、皮を折り曲げたときのように、リモネンを多く含む油がまとまって飛び出すわけではありません。
そのため、果汁を風船に垂らしても、皮から飛んだ精油と同じように割れるとは限りません。
実験では、白い内側ではなく、オレンジ色の外側を風船へ向けることが大切です。
オレンジの皮で風船を割る実験方法
用意するもの
次のものを用意します。
- 天然ゴム系のラテックス風船
- むいたばかりのオレンジの皮
- 必要に応じて保護メガネ
風船は、商品の注意書きに従って膨らませます。
表面にある程度の張りが必要ですが、必要以上に大きく膨らませてはいけません。膨らませすぎると、オレンジの精油が当たらなくても破裂する危険があります。
アルミ風船やフィルム風船は、ラテックス風船とは素材が異なります。同じ方法を試しても、割れないことがあります。
実験の手順
最初に、ラテックス風船を膨らませて口を結びます。
次に、むいたばかりのオレンジの皮を数センチ程度の大きさにします。
皮のオレンジ色の面を風船へ向け、風船から数センチ離れた場所で強く折り曲げます。
皮の表面から飛び出した精油が風船に当たると、その部分が弱くなり、破裂することがあります。
精油が飛んでいる様子は、明るい場所のほうが観察しやすくなります。光の当たり方を調整すると、霧のような細かな油滴が一瞬見える場合があります。
皮を風船に直接こすりつけても割れる可能性はあります。ただし、破裂する場所に手が近くなるため、最初は少し離れた位置から精油を飛ばす方法が安全です。

実験するときの注意点
風船が割れると、大きな音が出ます。
人の顔や耳の近くでは行わないでください。驚きやすい人や、小さな子ども、ペットが近くにいないことも確認します。
破裂した風船の破片が飛ぶことがあるため、顔を近づけてはいけません。可能であれば、保護メガネを着用してください。
子どもが実験する場合は、必ず大人が付き添います。
割れた風船の破片はすぐに回収してください。小さな子どもやペットが口に入れると、窒息などの危険があります。
リモネンを含む精油は、目や皮膚を刺激する場合があります。実験中に目をこすらず、終了後は石けんで手を洗います。
また、リモネンは燃えやすい物質です。
コンロ、ライター、ろうそく、ストーブなど、火の近くでは絶対に実験しないでください。
風船が割れないときに確認したいこと

オレンジの皮が乾燥している
皮が乾いていると、十分な精油が飛び出さないことがあります。
できるだけ、むいたばかりの新鮮な皮を使ってください。
皮の向きが反対になっている
精油をためている袋は、主に色のついた外側にあります。
白い面ではなく、オレンジ色の面を風船へ向けます。
風船との距離が遠すぎる
皮と風船が離れすぎていると、精油が風船まで届きません。
最初は数センチ程度の距離から試します。ただし、確認するために顔を近づけてはいけません。
風船の素材が違う
この実験では、天然ゴム系のラテックス風船を使用します。
フィルム風船やアルミ風船など、別の素材で作られた風船では、リモネンが同じように入り込まない場合があります。
風船の表面に張りがない
風船の表面があまり伸びていないと、一部分が弱くなってもすぐには裂けないことがあります。
ただし、割れやすくするために必要以上に膨らませるのは危険です。商品に示された適切な大きさを守ってください。
精油の量が少ない
オレンジの品種、鮮度、保存状態によって、皮に含まれる精油の量は変わります。
一度で割れない場合は、別の新鮮な皮を使って試します。
レモンやミカンの皮でも風船は割れる?
リモネンは、オレンジ以外の柑橘類にも含まれています。
レモン、ミカン、グレープフルーツなどの皮でも、条件が合えばラテックス風船が割れる可能性があります。
イギリス王立化学会も、レモンやオレンジの皮に含まれるリモネンを利用した風船の実験を紹介しています。
ただし、どの果物でも同じ結果になるとは限りません。
果物の種類、品種、鮮度、保存方法、皮の厚さなどによって、含まれる精油の量や油の飛びやすさが異なります。
同じ種類の果物でも、むいた直後の皮と、長時間放置して乾いた皮では、結果が変わることがあります。
自由研究として比べる方法
オレンジの皮で風船を割るだけでも興味深い実験ですが、条件を一つずつ変えて比べると、自由研究としてさらに内容を深められます。
柑橘類の種類を比べる
オレンジ、レモン、ミカン、グレープフルーツなどを用意し、どの皮が風船を割りやすいかを調べます。
皮を折り曲げた回数や、風船が割れるまでの時間を記録すると比較しやすくなります。
皮の乾燥時間を比べる
皮をむいた直後、1時間後、3時間後、6時間後などに分けて実験します。
時間がたつほど割れにくくなる場合は、皮の乾燥によって飛び出す精油の量が減った可能性があります。
風船の素材を比べる
天然ゴム系のラテックス風船と、フィルム風船などを使い、結果の違いを観察します。
風船の素材によってリモネンとのなじみやすさが異なることを確認できます。
条件をそろえる
実験では、一度にいくつもの条件を変えないことが重要です。
果物の種類を比べるときは、次の条件をできるだけ同じにします。
- 風船の種類
- 風船の大きさ
- 皮の大きさ
- 皮と風船の距離
- 皮を折り曲げる強さ
- 実験する場所の温度
- 皮をむいてから実験するまでの時間
風船の大きさは、直径や周囲の長さを測るとそろえやすくなります。皮も縦と横の長さを決めて切ると、条件の差を小さくできます。
記録表を作る
記録表には、次の内容を書きます。
- 果物の種類
- 皮をむいてからの時間
- 皮の大きさ
- 風船との距離
- 風船の材質
- 風船の大きさ
- 皮を折り曲げた回数
- 破裂するまでの時間
- 成功したかどうか
- 実験中に気づいたこと
同じ条件で3~5回ほど試すと、たまたま起きた結果と、条件による違いを分けやすくなります。
実験のたびに新しい風船を使い、破片はすぐに片づけてください。
まとめ
- オレンジの皮から飛び出す精油が、ラテックス風船を部分的に弱くして破裂させる
- 風船を弱くする主な成分は、柑橘類の香り成分であるリモネン
- リモネンは天然ゴムの内部に入り込み、ゴムを膨潤させて強度を低下させる
- 膨らんだ風船は常に引っ張られているため、弱くなった部分から一気に裂ける
- リモネンと天然ゴムは性質が似ているため、互いになじみやすい
- 精油は果汁ではなく、主にオレンジ色の皮の部分に蓄えられている
- 実験には新鮮なオレンジの皮と天然ゴム系のラテックス風船を使う
- レモンやミカンなど、ほかの柑橘類の皮でも同じ現象が起こる可能性がある
- 実験では顔や耳を風船から離し、火気を避けて安全に行う必要がある
食べ物と飾りつけの道具という、一見すると関係のないオレンジと風船――しかし、両者を近づけると、物質の性質が引き起こす驚きの現象が現れます。
私たちの身の回りには、このような意外な組み合わせによる科学が数多く隠されています。
参考文献
- American Chemical Society「Will This Pop a Balloon?」
- Royal Society of Chemistry「When life gives you lemons (or oranges)」
- Royal Society of Chemistry「BrumSciComm goes CoCoMAD – again!」
- University of Nottingham Ningbo China「Effect of Limonene on the Tensile Properties and Chemical Changes of Natural Rubber Products」
- NCBI Bookshelf「d-LIMONENE – Some Naturally Occurring Substances」
- NIST Chemistry WebBook「Limonene」
- PubChem「(+)-Limonene」

