風の「ヒューヒュー」には名前がある!?【誰もいないのに音がするのは…】

風の強い日に外を歩いていると、どこからともなく「ヒュー」「ヒューヒュー」という音が聞こえてくることがあります。周囲を見回しても、音を出しているものはなかなか見つかりません。あの不思議な音は、いったいどこから生まれているのでしょうか。

第88回雑学調査レポートでは、そんな「風」に関する雑学をご紹介していきます。

目次

風の「ヒューヒュー」にはエオルス音という名前がある

風が強い日に、電線や細い木の枝から「ヒュー」「ヒューヒュー」という音が聞こえることがあります。

この音は、単に空気が移動しているだけで生まれるものではありません。風が電線などの細長い物体に当たると、その後方に規則的な渦が発生することがあります。渦によって空気の圧力が一定のリズムで変化し、その変化が音波として周囲へ広がると、音程のある音が聞こえます。

このように、風を受けた物体の周囲に周期的な渦が発生することで生じる音は、エオルス音と呼ばれます。英語では「Aeolian tone(エオリアン・トーン)」と表記される空力音の一種です。

「エオルス」という名称は、ギリシャ神話で風をつかさどる存在として語られるアイオロスのラテン語名「Aeolus」に由来します。電線から聞こえる不思議な音には、風に関係する神話的な名前が付けられているのです。

空気が動くだけでは、はっきりした音程は生まれにくい

一定の速さと方向で空気が流れていても、流れに大きな変化がなければ、はっきりした音程を持つ音は生まれにくくなります。

私たちが風の音として聞いているものの多くは、空気が建物、窓、電線、木の枝などに当たり、流れる速さや圧力が変化することで発生しています。

空気の変化が不規則な場合は、さまざまな高さの音が混ざるため、「ゴーッ」「ザーッ」といった幅の広い音になります。一方、圧力の変化が一定のリズムで繰り返されると、特定の振動数が強くなり、「ヒュー」という音程を感じやすくなります。

電線から聞こえるエオルス音では、この規則的な変化を生み出すカルマン渦が重要な役割を担っています。

電線の後ろにできるカルマン渦列

風が丸い電線に正面から当たると、空気は電線を避けるように左右へ分かれます。

分かれた空気は電線の表面に沿って進みますが、そのまま後ろ側まで滑らかに回り込めるとは限りません。流れは途中で表面から離れ、電線の後方に回転する空気の塊を作ります。この回転する空気の塊が渦です。

一定の条件がそろうと、電線の片側から渦が離れた後、反対側から逆向きの渦が離れます。右、左、右、左というように渦が交互に放出されることで、電線の後ろに規則的な渦の列ができます。

この現象がカルマン渦列です。

空気は透明であるため、通常は渦を直接見ることができません。しかし、水の中で棒を動かしたときに、その後ろへ渦ができるのと同じような現象が空気中でも起きています。実験では、煙や霧を空気の流れに混ぜることで、渦が交互に並ぶ様子を観察できます。

エオルス音を生み出す二つの仕組み

カルマン渦が電線の左右から交互に離れると、電線の周囲にある空気の圧力も周期的に変化します。この圧力変化が音波となって周囲へ伝わることで、エオルス音が発生します。

この仕組みでは、電線が目に見えるほど揺れていなくても音が生じます。空気の圧力が規則的に変化するだけでも、音波は発生するためです。

ただし、電線やロープのように細く、ある程度曲がりやすい物体では、別の現象も加わります。渦が左右から交互に離れると、物体は左右から交互に力を受けるため、電線そのものが振動することがあります。

電線が振動すると、その動きによって周囲の空気が押され、新たな音が生まれます。振動が大きくなれば、音量が増したり、特定の高さの音が強調されたりすることもあります。

電線から聞こえる「ヒュー」という音には、主に次の二つの仕組みが関係しています。

  • 渦に伴う空気の圧力変化から直接発生する音
  • 渦によって電線が振動し、その振動から発生する音

実際の屋外では、二つの音を完全に分けることは難しく、両方が重なって聞こえる場合があります。

風が強くなると音が高くなりやすい理由

エオルス音の高さは、主に風の速さと、風が当たる物体の太さによって変化します。

同じ太さの電線では、風が速くなるほど渦が短い間隔で発生する傾向があります。1秒間に発生する渦の数が増えるため、聞こえる音も高くなりやすいのです。

反対に、風速が同じであれば、太い物体より細い物体のほうが渦の発生周期が短くなります。そのため、細い電線や枝では、比較的高い音が生じやすくなります。

円柱状の物体から発生する渦の振動数は、次の式で近似できます。

f = St × U ÷ D

各記号は、次の値を表します。

  • f:渦が発生する振動数
  • St:ストローハル数
  • U:風速
  • D:物体の直径

ストローハル数は、物体の形や空気の流れの状態によって変化する数値です。円柱の周囲を流れる空気では、一定の条件下で約0.2になることが多いため、簡単な計算では次の式が使われます。

振動数 f ≒ 0.2 × 風速 U ÷ 直径 D

例えば、風速が毎秒10メートル、電線の直径が1センチメートルの場合は、直径を0.01メートルとして計算します。

0.2 × 10 ÷ 0.01 = 200ヘルツ

この条件では、渦の発生に伴う変化が1秒間に約200回起こると見積もれます。そのため、約200ヘルツ付近の音が目立つ可能性があります。

ただし、この式から求められる数値は目安です。実際の音は、電線の断面形状、表面の粗さ、風の乱れ、空気の粘性、周囲の建物、地形などにも左右されます。

風が非常に乱れている場合は、渦の周期が安定しません。さまざまな振動数が混ざることで、はっきりした音程が聞こえなくなることもあります。

電線の音を大きくする共鳴

電線やロープには、それぞれ振動しやすい固有の振動数があります。

固有振動数は、物体の長さ、太さ、重さ、材質、張り具合、両端の固定方法などによって変わります。同じ材質の電線であっても、長さや張力が違えば、振動しやすい速さも異なります。

渦によって電線が押される周期と、電線がもともと振動しやすい周期が近づくと、電線の揺れが大きくなることがあります。この現象が共鳴です。

ブランコを押す場面を考えると分かりやすいでしょう。ブランコが戻ってくるタイミングに合わせて押すと、小さな力でも揺れが次第に大きくなります。反対に、タイミングが合わなければ、同じ力で押しても揺れは大きくなりません。

電線でも同じように、渦による力が加わるタイミングと、電線が揺れやすい周期が近づくことで振動が成長します。

さらに、特定の条件では、電線の振動と渦が発生する周期が互いに影響し合い、両方の周期がほぼそろうことがあります。この同期現象はロックインと呼ばれます。

ロックインが起こると、風速が少し変化しても、渦の発生周期が電線の振動に引き込まれることがあります。その結果、振動や音が強い状態で続く場合があります。

ただし、エオルス音は共鳴やロックインが起こらなくても発生します。共鳴やロックインは、もともと存在する音や振動を大きくし、目立たせる条件の一つです。

同じ電線でも音が鳴ったり止まったりする理由

同じ場所にある電線でも、常に同じ音が聞こえるわけではありません。音の発生には、風速、風向き、電線の状態など、複数の条件が関係しているためです。

風速が変化すると、渦が発生する周期も変わります。電線の固有振動数と渦の発生周期が合わなくなれば、共鳴が弱まり、振動や音が急に小さくなることがあります。

風向きも重要です。風が電線を横切るように当たると、左右から交互に渦が発生しやすくなります。反対に、風が電線に沿って吹く場合は、同じ仕組みによる渦が作られにくくなります。

また、電線に雨粒、雪、氷、汚れなどが付着すると、実質的な太さや断面形状が変わります。形が変化すれば、空気の流れ方や渦が発生する周期も変わるため、普段とは異なる高さの音や振動が生じる可能性があります。

「先ほどまで静かだったのに、急に鳴り始めた」という場合は、風速や風向きが、規則的な渦や共鳴を発生させやすい条件へ変わったと考えられます。

エオルス音と一般的な風切り音の違い

風によって生じる音が、すべてエオルス音になるわけではありません。

エオルス音の大きな特徴は、渦がある程度規則正しく発生し、特定の振動数が強く現れることです。そのため、「ヒュー」「ウー」といった音程を感じる持続音になりやすくなります。

一方、建物の複雑な隙間、木の葉の集まり、表面に多くの凹凸がある構造物では、さまざまな大きさの渦が不規則に発生します。

このような場所では、多くの振動数が混ざるため、「ゴーッ」「ザーッ」「バサバサ」といった幅の広い音として聞こえます。これらは一般的な風切り音や乱流騒音であり、必ずしもエオルス音とは呼びません。

屋外では、規則的なエオルス音と不規則な風切り音が同時に発生することがあります。低い「ゴーッ」という音の中に、細い「ヒュー」という音が重なって聞こえるのはそのためです。

電線以外でも聞こえるエオルス音

葉の少ない木の枝

葉の少ない細い枝に風が当たると、枝の後方に周期的な渦が発生することがあります。

渦による圧力変化や枝そのものの振動によって、「ヒュー」という音や、低いうなり声のような音が生まれます。

秋や冬は葉が落ちるため、風が枝へ直接当たりやすくなります。枝の太さや長さは一本ずつ異なるので、複数の枝から違う高さの音が同時に聞こえることもあります。

アンテナや橋のケーブル

細いアンテナ、煙突、支柱、橋のケーブルなども、風を横から受けると周期的な渦を発生させることがあります。

物体が硬く、ほとんど動かない場合は、主に周囲の圧力変化による音が聞こえます。細く曲がりやすい物体では、本体の振動による音も加わります。

長いケーブルや送電線では、こうした振動が長時間続くこともあります。振動によって固定部分や金具の近くへ繰り返し力が加わると、長期的には金属疲労につながる可能性があります。

そのため、実際の送電設備や橋梁では、振動を抑える装置の取り付けや、振動が大きくなりにくい構造の採用など、さまざまな対策が行われます。

ロープや物干し綱

ロープや物干し綱も、風を横から受けると、渦によって振動する場合があります。

風による力の周期とロープの固有振動数が近づけば、低いうなり音や周期的な揺れが発生します。

ロープに雪や氷が付着すると、太さ、重さ、断面形状が変わります。これによって渦の発生周期や固有振動数が変化し、普段とは違う風速で目立つ揺れが生じることもあります。

縄跳びや細い棒を振ったとき

縄跳びを速く回したときの「ビュン」という音や、細い棒を振ったときの「シュッ」という音にも、物体の後ろにできる渦や空気の乱れが関係しています。

ただし、縄や棒を人が振る場合は、移動する速度と方向が短い時間で変化します。そのため、一定の音程が続く規則的なエオルス音になるとは限りません。

速度と向きが一定に近い状態で保たれれば、音程を感じる音が発生する可能性があります。しかし、多くの場合は、さまざまな振動数が混ざった短い風切り音として聞こえます。

風が演奏するエオリアン・ハープ

風による弦の振動を利用した楽器が、エオリアン・ハープです。

日本語では「風琴」「風の竪琴」「エオルス琴」などと呼ばれます。

一般的な弦楽器は、指、弓、ばちなどを使って弦を振動させます。エオリアン・ハープでは、人が弦を直接弾かなくても、弦を横切る風によって音が鳴ります。

風が弦に当たると、弦の左右から交互に渦が離れます。これによって弦へ周期的な力が加わり、その周期が弦の固有振動数や倍音の振動数に近づくと、弦の振動が大きくなります。

弦の振動は共鳴箱へ伝わり、共鳴箱が周囲の空気を効率よく動かすことで、音が大きくなります。

エオリアン・ハープでは、弦の基本となる音よりも、その整数倍に当たる倍音が強く聞こえることがあります。風速が変わると、強く反応する倍音も変化するため、一つの弦から異なる高さの音が順番に現れることもあります。

複数の弦が同時に振動すれば、和音のような幻想的な響きが生まれます。人が演奏しなくても、風の強さや向きによって音が変化する楽器です。

複数の電線から聞こえる不気味な「うなり」

複数の電線や枝が同時に鳴ると、少しずつ高さの異なる音が重なることがあります。

例えば、200ヘルツの音と202ヘルツの音が同時に鳴ると、二つの音波は強め合ったり弱め合ったりします。その結果、音量が1秒間に約2回の速さで大きくなったり小さくなったりします。

この現象がうなりです。

二つの音の振動数の差が小さいほど、音量はゆっくり変化します。振動数の差が大きくなると、音量の変化も速くなります。

強風の日に聞こえる音が、人の声や遠くのサイレンのように周期的に変化している場合は、複数のエオルス音によるうなりが関係している可能性があります。

風速が変化すれば、それぞれの電線から生じる音の高さも変わります。そのため、うなりの速さが途中で変化したり、突然聞こえなくなったりすることもあります。

エオルス音を安全に観察する方法

エオルス音を観察するときは、窓の内側など、風や飛来物の影響を受けにくい安全な場所から音を聞きます。

音が聞こえたら、周囲に電線、アンテナ、細い枝、ロープ、柵などがないかを、十分に離れた位置から確認します。

風が強くなったときに音が高くなり、弱くなったときに低くなる場合は、風速の変化によって渦の発生周期が変わっている可能性があります。

音が急に止まった場合は、風が弱くなったとは限りません。風向きが変わり、物体を横切る風が弱くなった可能性も考えられます。

ただし、強風時には飛来物、倒木、電柱の傾き、電線の断線などが発生する危険があります。音源を確かめるために、電線、電柱、アンテナ、樹木などへ近づいてはいけません。

切れたり、地面近くまで垂れ下がったりしている電線は、通電している可能性があります。絶対に触れず、近づかず、その地域を担当する送配電事業者へ速やかに連絡する必要があります。

まとめ

  • エオルス音とは、風を受けた物体の周囲に周期的な渦が発生することで生じる音
  • 電線の後ろでは、左右交互に渦が放出されてカルマン渦列ができる
  • カルマン渦による周期的な圧力変化が、音波となって周囲へ伝わる
  • 電線の音には、空気の圧力変化による音と、電線そのものの振動による音が関係する
  • 同じ太さの電線では、風が速くなるほど渦の発生回数が増え、音が高くなりやすい
  • 同じ風速なら、太い物体より細い物体のほうが高い音を出しやすい
  • 渦の振動数は、おおよそ風速に比例し、物体の直径に反比例する
  • 渦の周期と電線の固有振動数が近づくと、共鳴によって振動や音が大きくなる
  • 電線の振動と渦の発生周期が同期する現象をロックインという
  • 同じ電線でも、風速や風向きが変われば、音が鳴ったり止まったりする
  • エオルス音は音程を感じやすく、不規則な風切り音は幅の広い雑音として聞こえる
  • エオルス音は、電線だけでなく木の枝、アンテナ、橋のケーブル、ロープなどでも発生する
  • エオリアン・ハープは、風による弦の振動を利用して音を鳴らす楽器
  • 高さの近い複数の音が重なると、音量が周期的に変わる「うなり」が生じる
  • 強風時は音源を確かめるために電線や樹木へ近づかず、安全な場所から観察する

強風の日に聞こえる「ヒューヒュー」という音は、ただの風音ではなく、空気の流れと電線が生み出す現象です。

次に同じ音を耳にしたときは、目に見えない渦が電線の周囲に並び、風が音を奏でている様子を思い浮かべてみてください。いつもの街の音も、少し違って聞こえるかもしれません。

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