草刈りをしたあとの爽やかな香りは、植物の防御反応だった!?【近くの植物が反応することも】

草むらを歩いているだけではそれほど気にならないのに、草刈りが始まると急に辺りが青々しい香りに包まれます。同じ草なのに、なぜ刈った瞬間だけ匂いが強くなるのでしょうか。

第104回雑学調査レポートでは、そんな「草」に関する雑学をご紹介していきます。

目次

刈ったばかりの草の匂いは何からできている?

公園や庭で草刈りをしたあと、「なんだか爽やかな匂いがする」と感じたことはないでしょうか。普段はそれほど匂わない草でも、刈った直後には独特の「青い香り」が一気に広がります。

この匂いに大きく関係しているのが、「グリーンリーフボラタイル」と呼ばれる物質です。英語では「Green Leaf Volatiles」、略して「GLVs」と呼ばれています。

グリーンリーフボラタイルは、特定の一つの物質を指す名前ではありません。植物の葉が傷ついたときなどに作られる、いくつもの揮発性物質をまとめた呼び方です。「揮発性」とは、空気中に広がりやすい性質のことです。

代表的な成分には「(Z)-3-ヘキセナール」「(Z)-3-ヘキセノール」「(Z)-3-ヘキセニルアセテート」などがあります。名前だけを見ると難しそうですが、こうした物質がいくつも混ざることで、私たちが「青葉の匂い」「刈りたての草の匂い」と感じる香りが生まれます。

ポイントは、草の中に完成した香りが大量に保存されていて、切った瞬間に漏れ出しているだけではないことです。葉が傷つくと細胞の中で化学反応が始まり、匂いのもとになる物質が素早く作られます。

草を刈ると急に匂いが強くなる理由

草刈り機やハサミで葉を切ると、植物の細胞や細胞膜が壊れます。すると、細胞膜に含まれていた脂質を材料にして、グリーンリーフボラタイルを作る反応が始まります。

材料の一つになるのが、α-リノレン酸やリノール酸と呼ばれる脂肪酸です。そこに「LOX」や「HPL」と呼ばれる酵素が働き、まず「(Z)-3-ヘキセナール」などの物質が作られます。その一部は、さらに「(Z)-3-ヘキセノール」や「(Z)-3-ヘキセニルアセテート」など別の成分へ変化していきます。

つまり、草を切ると植物の中で短時間のうちに「匂いを作る化学反応」が進むわけです。

この反応はかなり速く起こります。シロイヌナズナを調べた研究では、葉を傷つけてから30~45秒ほどで「(Z)-3-ヘキセナール」が確認されています。ヤマナラシ類を使った研究では、傷をつけてから2秒以内に揮発性物質の放出が始まった例も報告されています。

植物の種類や実験方法によって時間は変わるものの、草を刈った直後からすぐ匂いを感じられるのは、植物の中でこうした反応が素早く起きるためです。

傷が大きければ、放出される量が増える場合もあります。カモガヤという植物を使った研究では、葉につけた傷が長いほど、ヘキセナール類やヘキセノール類などの放出量が増える関係が確認されました。

ただし、すべての植物でまったく同じ結果になるとは限りません。植物の種類や周囲の環境によって、匂いの出方には違いがあります。

芝生を草刈り機で一気に刈ると、非常に多くの葉がほぼ同時に傷つきます。その結果、広い範囲でグリーンリーフボラタイルが作られ、空気中に放出されます。草刈り直後に辺り一面から強い匂いがするのは、このためです。

人には爽やかな香りでも、植物にとっては防御反応の一部

人間にとって刈った草の匂いは「爽やか」「夏らしい」と感じられることがあります。しかし植物側から見ると、この匂いは単なる香りではありません。

植物は、虫に葉を食べられたり、風で傷ついたりしても、その場から逃げられません。そのため、体が傷ついたときには内部の化学反応を変え、自分を守るための仕組みを働かせます。

グリーンリーフボラタイルも、こうした傷害への反応と関係しています。植物が傷つくと急速に作られるだけでなく、植物自身の防御反応を引き起こしたり、その後のストレスに反応しやすい状態にしたりすることが研究されています。

一部の成分には、細菌や菌類に作用する性質も確認されています。たとえば「(Z)-3-ヘキセナール」や「(E)-2-ヘキセナール」は、試験管内の実験で一部の細菌や病原性の菌類の増殖を抑える作用が確認されています。

ただし、試験管の中で効果があったからといって、植物が自然の中で同じ強さの効果を得られるとは限りません。実際の植物では、濃度や環境などさまざまな条件が関係するためです。

草の匂いを昆虫が利用することもある

グリーンリーフボラタイルは、昆虫との関係でも注目されています。

植物を食べる虫が葉を傷つけると、植物からさまざまな揮発性物質が出ます。そして、その匂いを手がかりにする生物がいます。

たとえば、植物を食べている虫を捕まえる捕食者や、虫の体に卵を産みつける寄生性昆虫です。こうした生物の中には、傷ついた植物から出る匂いを手がかりとして利用するものが知られています。

つまり、一つの植物から出た匂いが、周囲にいる別の生物の行動にも影響する場合があるのです。

私たちにとっては単なる「草のいい匂い」でも、自然界では植物、昆虫、微生物などが関わる化学的な情報の一部になっています。

近くの植物も「何かが起きた」と反応することがある

グリーンリーフボラタイルには、さらに不思議な働きがあります。

傷ついた植物から出た揮発性物質を、近くにある傷ついていない植物が受け取ることで、防御に関係する反応が起こる場合があるのです。

このような現象は、「植物間コミュニケーション」と表現されることがあります。

ただし、植物同士が人間のように会話をしているわけではありません。「危ないぞ」と考えてメッセージを送っているという意味でもありません。

実際に起きているのは、ある植物から空気中に出た化学物質が別の植物に届き、その植物の細胞や遺伝子の働きに変化を与える現象です。

2023年に『Nature Communications』で発表されたシロイヌナズナの研究では、傷ついた植物が出す揮発性物質を別の植物が受け取ったとき、葉の中で何が起きるのかがリアルタイムで観察されました。

その結果、「(Z)-3-ヘキセナール」や「(E)-2-ヘキセナール」によって、細胞内のカルシウムイオン濃度が上昇したり、防御に関係する遺伝子の働きが変化したりすることが確認されました。

特に「(Z)-3-ヘキセナール」では、葉の表面にある気孔の周辺で最初に反応が起こり、そこから葉の内部へ変化が広がっていく様子が観察されています。

気孔とは、植物が二酸化炭素や水蒸気などを出し入れする小さな穴です。研究では、気孔を閉じる処理をすると反応が遅れたため、空気中の「(Z)-3-ヘキセナール」が気孔から葉の中に入ることが、素早い反応に関係していると考えられています。

ごくわずかな匂いでも植物が反応した研究がある

さらに、非常に低い濃度のグリーンリーフボラタイルについて調べた研究もあります。

2012年に『Scientific Reports』で発表された研究では、傷ついたシロイヌナズナから放出された140pptV未満という非常に薄い濃度のグリーンリーフボラタイルに、傷ついていない植物をさらしました。

「pptV」は気体の濃度を表す単位で、非常に微量であることを示します。

この研究では、植物を3週間にわたって断続的に揮発性物質へさらしたところ、防御に関係する生理的な変化が確認されました。

ただし、「ほんの少し匂いを嗅いだだけで、どんな植物でもすぐ警戒状態になる」という意味ではありません。この研究では長期間にわたり、繰り返し揮発性物質にさらしています。

植物がどの程度反応するかは、植物の種類、物質の種類、濃度、さらされる時間などによって変わります。一枚の葉に小さな傷がついただけで、周囲の植物すべてがはっきり反応するとは限りません。

そのため、実際の研究結果に近い説明をするなら、「傷ついた植物から出た匂いが近くの植物に届き、条件によっては防御に関係する反応を変えることがある」となります。

刈った草の匂いを「草の悲鳴」と呼んでもいい?

インターネットなどでは、刈った草の匂いを「草の悲鳴」「植物のSOS」と表現することがあります。

印象的な言葉ですが、科学的には注意が必要です。

現在の研究で分かっているのは、植物の組織が傷つくとグリーンリーフボラタイルなどが作られて放出され、その物質が植物自身の防御反応や、周囲の植物、昆虫、微生物などとの関係に影響する場合があるということです。

一方で、「草が痛いと感じ、苦しくて叫んでいる」ということが証明されているわけではありません。

そのため、「草の悲鳴」という表現は、植物が傷ついたときに起きる化学反応を、人間に分かりやすく置き換えた比喩として見るのが適切です。

科学的に説明するなら、「植物が傷ついたときに起こる傷害応答の一つ」と考えるほうが正確でしょう。

刈った直後は強いのに、しばらくすると匂いが消えるのはなぜ?

草刈り直後には強かった匂いも、しばらくするとかなり弱くなります。

理由の一つは、グリーンリーフボラタイルの放出がずっと同じ勢いで続くわけではないからです。

カモガヤを使った実験では、葉を傷つけた直後にアルデヒド類が急激に増え、その後は減っていきました。それに続いて、アルコール類やエステル類が現れる変化も確認されています。

つまり、刈った草の匂いは時間とともに単純に薄くなるだけではありません。含まれる物質の割合そのものも変化しています。

もう一つの理由は、グリーンリーフボラタイルが空気中へ広がりやすいことです。

草から出た分子は空気中へ拡散し、風が吹けば周囲へ運ばれます。すると、その場所にある匂い成分の濃度が下がっていくため、私たちの鼻では感じにくくなります。

植物側から出る量も時間とともに減っていくため、「刈った瞬間がもっとも匂いやすく、その後は弱くなる」という変化が起こります。

また、匂いの強さは傷の大きさだけで決まりません。植物の種類や生育状態、温度、光、土壌の水分量などによっても、揮発性物質の量が変化することが報告されています。

そのため、同じ芝生を同じように刈ったとしても、季節や天候によって「今日はいつもより草の匂いが強い」と感じる可能性があります。

まとめ

  • 草を刈ったときの青い香りには、グリーンリーフボラタイルと呼ばれる揮発性物質が深く関係している
  • 葉が傷つくと細胞内で化学反応が始まり、匂いのもとになる物質が短時間で作られる
  • グリーンリーフボラタイルは、植物が傷ついたときの防御反応にも関係している
  • 傷ついた植物から出た揮発性物質が、昆虫など周囲の生物の行動に影響することがある
  • 近くの植物が揮発性物質を受け取ることで、防御に関係する反応を起こす場合がある
  • 「草の悲鳴」という表現は比喩であり、植物が痛みを感じて叫んでいることが証明されているわけではない
  • 草刈り後の匂いが弱くなるのは、放出量が減ることに加え、揮発性物質が空気中へ拡散するため

いつもの公園や庭で感じる草の匂いにも、ここまで複雑な仕組みが隠れています。

次に草刈り直後の青い香りを感じたときは、「いい匂いだな」で終わらず、その瞬間に植物の中で起きている反応にも少しだけ思いを巡らせてみると、身近な景色が違って見えるかもしれません。

この記事が気に入ったら
フォローしてね!

この雑学をもっと広めよう!
  • URLをコピーしました!
  • URLをコピーしました!
目次