古代ギリシャの「ヒーロー」は、死んでから本当のヒーローになった!?【道徳的に立派な人とは限らない】

ヒーローは、いつヒーローになるのでしょうか。すごいことを成し遂げた瞬間でしょうか。人々から称賛された瞬間でしょうか。それとも、物語の中で活躍した瞬間でしょうか。

現代ならそう考えるのが自然ですが、古代の世界では、ヒーローの意味はもう少し複雑でした。

第68回雑学調査レポートでは、そんな「ヒーロー」に関する雑学をご紹介していきます。

目次

今のヒーローと、古代ギリシャのヒーローはかなり違う

現代で「ヒーロー」と聞くと、多くの人は「勇気がある人」「人を助ける人」「立派なことをした人」を思い浮かべます。英語の辞書でも、hero は「勇気・大きな功績・よい性質によって称賛される人」や「物語の主人公」といった意味で説明されています。つまり、今の感覚では、ヒーローは基本的に「すごくて、立派で、見習いたい人物」です。

しかし、古代ギリシャでの「ヒーロー」は、ただの正義の味方ではありませんでした。ハーバード大学のギリシャ研究機関である『Center for Hellenic Studies』は、古代ギリシャのヒーロー像は現代の理解とは大きく違い、ヒーローとは「遠い昔の人間で、神の血筋によって超人的な力を持つ存在」だと説明しています。そして大事なのは、彼らは神ではなく、死ぬ存在でありながら、死後には神々と同じように信仰の対象になったという点です。

ヒーローは「生きている有名人」ではなく「死後にまつられる存在」だった

古代ギリシャでは、ヒーローは生きている間から「ヒーロー」としてまつられるわけではありませんでした。ウォルターズ美術館の古代ギリシャ展の解説では、古代ギリシャ的な意味でヒーローになるには、第一に超人的な力を持つが死ぬ人間であること、第二にヒーローになるのは死後であることが重要だったと説明されています。

これは、現代の感覚から見るとかなり不思議です。今なら、消防士が人を救った瞬間、スポーツ選手が大活躍した瞬間、あるいは物語の主人公が仲間を守った瞬間に「ヒーロー」と呼ばれることがあります。ところが古代ギリシャでは、ヒーローとは「すごいことをした生きている人」というより、「死後も特別な力を持つと考えられ、地域の人々からまつられる死者」に近い存在でした。

ここで重要なのは、古代ギリシャのヒーローが「幽霊」とまったく同じではないことです。彼らはただ怖がられる死者ではなく、土地や町を守る力を持つ存在として扱われました。人々はヒーローに供え物をし、儀式を行い、助けを求めました。つまり、古代ギリシャのヒーローは、物語の中で活躍する人物であると同時に、宗教の中でまつられる存在でもあったのです。

ヒーロー信仰は「地域密着型」だった

古代ギリシャのヒーロー信仰で特に興味深いのは、とても地域に根ざしていたことです。ヒューストン大学の古典学教材では、ヒーロー信仰は基本的に特定の土地に結びついた地域的なもので、古代ギリシャ語圏には文字通り何千ものヒーロー信仰があったと説明されています。さらに、それぞれの地域には、その土地独自のヒーローがいたとも述べられています。

これは、今の「世界的ヒーロー」とかなり違います。現代のスーパーヒーローは、映画や漫画を通して世界中の人に知られます。たとえば、ある国で生まれたキャラクターでも、別の国の人々が同じように楽しむことができます。ところが古代ギリシャのヒーローは、まず「その土地のヒーロー」でした。

その理由の一つは、ヒーローの力が「遺体」や「墓」と結びついていると考えられたからです。ヒューストン大学の解説では、通常、ヒーロー信仰はそのヒーローの身体、つまり遺体がその土地にあることを土台にしていたと説明されています。また、その身体を示すものは、多くの場合、墓という形を取りました。

つまり、古代ギリシャ人にとってヒーローは、遠くからただ尊敬する人物ではありませんでした。「この土地に眠っている」「この町を見守っている」「ここにいるから力を貸してくれる」と考えられる存在だったのです。ヒーローは、いわば地域の守り神に近い役割も持っていました。

墓はただの記念碑ではなく、力の集まる場所だった

現代では、墓は亡くなった人を思い出す場所です。もちろん大切な場所ですが、そこに超自然的な力があると考える人は少ないかもしれません。しかし古代ギリシャのヒーロー信仰では、墓はただの記念碑ではありませんでした。ヒーローの身体がある場所は、共同体に豊かさや繁栄をもたらす力を持つと考えられました。ヒューストン大学の解説では、死んだヒーローの身体は、そのヒーローをまつる共同体にとって、作物・家畜・人間の繁栄に関わるお守りのようなものと見なされていたと説明されています。

ここが、古代ギリシャのヒーロー観の大きな特徴です。ヒーローは「死んだ偉人」として思い出されるだけではありません。死後も、その土地に影響を与える存在と考えられました。もしヒーローが満足していれば、土地は守られ、人々は助けを得られるかもしれません。逆に、きちんと敬わなければ、災いを招くかもしれないとも考えられました。

そのため、ヒーローへの儀式は、神々への儀式とは少し違う形を取ることもありました。たとえば、神々への供え物が空や高い祭壇を意識するのに対し、ヒーローへの儀式では大地や地下を意識する場合がありました。これは、ヒーローが死者であり、地下にいる存在として考えられたためです。

ヒーローは必ずしも「道徳的に立派な人」ではなかった

現代のヒーローには、どうしても「よい人」というイメージがあります。もちろん、今の物語にはアンチヒーローのように複雑な人物もいますが、それでも「ヒーロー」という言葉には、勇気・正義・自己犠牲といった明るい印象がつきまといます。

ところが、古代ギリシャのヒーローは、必ずしも道徳的に完璧な人物ではありませんでした。彼らは強く、特別で、神々に近い血筋を持つこともありましたが、同時に怒りっぽく、残酷で、失敗もする存在でした。古代ギリシャのヒーローは、人間のよい面だけを集めた理想像ではなく、人間のすごさと危うさを同時に持つ存在だったのです。

たとえば、アキレウスはトロイア戦争の大英雄ですが、怒りによって仲間や戦況に大きな影響を与える人物でもあります。ヘラクレスは怪物退治で有名な英雄ですが、苦しみや罪、償いの物語とも深く結びついています。オデュッセウスは知恵の英雄ですが、ずる賢さや策略の人物としても描かれます。つまり、古代ギリシャのヒーローは「よい子のお手本」というより、「普通の人間を超えた力を持つが、普通の人間以上に大きな欠点や運命も背負う存在」でした。『Center for Hellenic Studies』も、アキレウス、オデュッセウス、オイディプス、ヘラクレスを理解するには、その歴史的な背景を考える必要があるとしています。

テセウスの骨がアテネに戻された理由

古代ギリシャでヒーローの遺体や骨が重要視されたことを示す有名な例に、アテネの英雄テセウスがあります。テセウスは、怪物ミノタウロスを倒したことで有名な英雄です。しかし彼は、単なる怪物退治の主人公ではなく、アテネという都市の象徴にもなりました。

メトロポリタン美術館の解説によると、テセウスがアテネの国民的英雄としての地位を高めていった背景には、紀元前6世紀から紀元前5世紀にかけての歴史的・政治的な動きがありました。神話の中でテセウスは、アッティカ地方の十二の地域をまとめ、アテネという政治的・経済的なまとまりを作った人物とされました。

さらに、紀元前476年、アテネの政治家キモンはテセウスの骨をアテネに持ち帰り、その周りに聖所を建てたとされています。メトロポリタン美術館は、この出来事がテセウスをアテネの国民的英雄として固める最後の一歩になったと説明しています。

これは、とても象徴的な話です。現代なら、英雄の記念碑を建てたり、銅像を作ったり、名前を道路や学校につけたりします。古代ギリシャでも記念は大事でしたが、それだけではありませんでした。英雄の「骨」があることが、その都市に力や正統性を与えると考えられたのです。テセウスの骨をアテネに持ち帰ることは、単なる遺物の移動ではなく、「この英雄は私たちの町にいる」「この町は英雄に守られている」と示す政治的・宗教的な行為でもありました。

ヒーローは神ではないが、ただの人間でもない

古代ギリシャのヒーローは、神と人間の中間にいるような存在でした。神々は基本的に不死ですが、ヒーローは死にます。人間は死後に普通の死者になりますが、ヒーローは死後も特別な力を持つと考えられます。この「神ではないが、ただの人間でもない」という中間性が、古代ギリシャのヒーローを面白くしています。

『Center for Hellenic Studies』は、ギリシャ伝統のヒーローを「神の血筋によって超人的な能力を持つ、遠い過去の人間」と説明しています。つまり、ヒーローは人間でありながら、神に近い何かを持っていました。

ただし、すべてのヒーローが同じ性質だったわけではありません。あるヒーローは戦士として有名で、あるヒーローは都市の建設者として大切にされ、あるヒーローは地域の守護者としてまつられました。ヒューストン大学の教材が述べるように、古代ギリシャには多くの地域にそれぞれのヒーローがいたため、ヒーロー像も一つではありませんでした。

「ヒーロー」は人々の不安を受け止める存在でもあった

古代ギリシャのヒーロー信仰を考えると、当時の人々が何を不安に思っていたのかも見えてきます。作物が実るか、家畜が増えるか、子どもが無事に育つか、戦争で町が守られるか――現代よりも自然災害や病気、戦争の影響が大きかった時代には、人々は目に見えない力に助けを求めました。

そのとき、遠い空の上にいる神々だけでなく、「この土地に眠るヒーロー」も頼りにされました。ヒーローは、神よりも人間に近い存在です。かつては人として生き、苦しみ、戦い、死んだ存在だからこそ、人々にとって身近に感じられたのかもしれません。

しかも、ヒーローは地域に結びついていました。大きな神殿で広く信仰される神とは違い、ヒーローは「この町」「この村」「この墓」と関係していました。だからこそ、ヒーロー信仰は地域共同体のまとまりを強める役割も持っていたと考えられます。

まとめ

  • 現代のヒーローは「正義の味方」や「人を助ける人」という意味で使われることが多い
  • 古代ギリシャのヒーローは、現代のような単なる善人や立派な人物ではなかった
  • 古代ギリシャのヒーローは、神ではないが普通の人間でもない特別な存在だった
  • ヒーローは生きている間よりも、死後にまつられることで本当の意味を持った
  • ヒーローの墓や遺体は、その土地に力や守護をもたらすものと考えられていた
  • 古代ギリシャのヒーロー信仰は、特定の地域や共同体と深く結びついていた
  • ヒーローは必ずしも道徳的に完璧ではなく、欠点や危うさも持つ存在だった
  • テセウスの骨がアテネに戻された話は、ヒーローの遺体が政治や信仰に重要だったことを示している
  • 古代ギリシャのヒーローは、人々の不安を受け止め、土地を守る存在として扱われていた

ヒーローという言葉から、まさか「死後にまつられる存在」という話につながるとは、少し意外に感じるかもしれません。しかし、そういった部分にこそ古代ギリシャのヒーロー観の面白さがあります。

現代のヒーローは活躍によって生まれますが、古代ギリシャのヒーローは、死後に人々から記憶され、信仰されることで完成する存在だったのです。

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