窓は、外の光を家の中に入れてくれる便利なものです。しかし歴史をたどると、窓は便利なだけの存在ではありませんでした。ある時代には、窓の数が人々の生活や家の形にまで影響を与えたことがあります。
第67回雑学調査レポートでは、そんな「窓」に関する雑学をご紹介していきます。
昔の窓は、ぜいたく品だった
今では、家に窓があるのは当たり前です。朝になると光が入り、外の景色が見え、空気を入れ替えることもできます。けれども昔のヨーロッパでは、今のような透明なガラス窓は簡単に手に入るものではありませんでした。
ガラスそのものは古くからありましたが、建物の窓にガラスを使うことは、長い間、特別なことでした。イギリスでは、色ガラスの破片が7世紀ごろの修道院跡から見つかっており、教会や大きな建物では早くからガラス窓が使われていたことが分かっています。また、ローマ人は、窓にガラスを使った最初期の人々だったと考えられています。
ただし、当時のガラス窓は、現代の窓ガラスのように大きく、平らで、向こう側がはっきり見えるものではありませんでした。古い時代の窓ガラスは、厚みにむらがあり、光を通すことはできても、外の景色をくっきり見るには不向きでした。大きなガラスを安く大量に作る技術もまだ十分ではありませんでした。つまり、窓が多い家は、それだけで「お金に余裕がある家」に見えたのです。
窓の数で税金を取るという発想
この「窓が多い家ほど裕福そうに見える」という考えから生まれたのが、イギリスの「窓税」です。
窓税は、1696年にイギリスで導入されました。名前の通り、家にある窓の数に応じて税金を課す制度です。イギリス議会の資料によると、この税は、家の窓の数を富の目安として使うもので、当初は窓が少ない家の負担が軽くなるように作られていました。たとえば、窓の数が一定より少ない家は、窓税の対象から外される仕組みでした。
この考え方は、現代の感覚で見ると少し変に思えます。なぜなら、今なら収入や土地の評価額などを調べて税金を決めることが多いからです。しかし、17世紀の政府にとって、人々の正確な収入を調べるのは簡単ではありませんでした。家の外から見える窓なら、役人が数えやすく、税金の基準にしやすかったのです。

つまり、窓税は「その人がどれくらい豊かか」を直接調べるのではなく、「家の窓の数」からおおよそ判断しようとした税金でした。
なぜ窓が多いとお金持ちに見えたのか
窓が多い家は、いくつもの理由で裕福に見えました。
まず、窓を多く作るには、建物そのものが大きい必要があります。小さな家には、そもそもたくさんの窓を付ける場所がありません。次に、窓ガラスは安い材料ではありませんでした。大きな家に多くの窓を付けるには、建築費もガラス代もかかります。
さらに、窓が多い家は、部屋が明るくなります。電灯がない時代には、太陽の光はとても重要でした。昼間に家の中で作業するには、窓から入る光が頼りになります。暗い家よりも明るい家の方が暮らしやすく、見た目にも立派でした。
そのため、窓は単なる建物の部品ではなく、「明るさ」「快適さ」「裕福さ」を表すものでもありました。政府はそこに目を付けたのです。
税金を逃れるために窓をふさいだ人々
窓税が始まると、人々はすぐに対策を考えました。その代表的な方法が、窓をレンガでふさぐことです。
イギリス国立公文書館の資料には、窓税の導入後まもなく、人々が税金を避けるために窓をレンガでふさいだと説明されています。
これは、かなり分かりやすい節税方法でした。税金が窓の数で決まるなら、窓を減らせばよい、というわけです。もちろん、実際には窓をふさぐと、部屋は暗くなり、風通しも悪くなります。それでも、税金を払うよりはましだと考える人がいたのです。
現在でもイギリスの古い建物には、窓だった場所がレンガで埋められているように見えるものがあります。すべてが窓税のせいとは限りませんが、窓税の影響でふさがれた窓もあり、建物の外観にその名残を見ることができます。
「光と空気」にまで税金がかかったようなもの
窓税が人々に嫌われた理由は、単にお金が取られるからだけではありません。窓を減らすことは、生活の質を下げることにつながったからです。
窓は、家の中に光を入れます。窓は、空気の入れ替えにも使われます。つまり、窓税は人々にとって「光」や「空気」にまで税金をかけられているように感じられたのです。
特に問題になったのは、都市部の貧しい人々でした。イギリス議会の資料によると、窓税は本来、貧しい人の負担を軽くするため、窓の少ない家ほど負担が軽くなる仕組みでした。しかし都市では、貧しい人々が大きな集合住宅の一部に住むことがありました。その場合、建物全体が一つの家として扱われ、窓の数が多い建物として重い税がかかることがありました。
つまり、制度を作った人たちは「小さな家に住む人は窓が少ないから負担が軽いはず」と考えましたが、実際の都市生活はそれほど単純ではありませんでした。貧しい人でも、大きな建物の中に住んでいれば、窓税の影響を受けることがあったのです。
医師たちも反対した
窓をふさげば、家の中は暗くなります。空気もこもりやすくなります。これは健康にもよくありません。
イギリス国立公文書館の資料によると、窓税は1851年に廃止されました。その背景には、医師などからの圧力がありました。
当時の医学は現代ほど進んでいませんでしたが、暗く、空気の悪い住まいが健康に悪いことは、多くの人が感じていました。日光が入りにくく、換気もしにくい家では、病気が広がりやすくなります。窓税は、政府の収入を増やすための制度でしたが、人々の暮らしや健康を悪くする面もあったのです。
この点が、窓税の大きな問題でした。税金を取るために作られた制度が、人々に「窓を減らす」という行動を選ばせてしまいました。その結果、家の中の環境が悪くなり、暮らしにくくなりました。
窓税が教えてくれる「制度の副作用」
窓税の興味深いところは、政府の考えと人々の行動がずれてしまった点です。
政府は、お金持ちほど窓の多い家に住んでいると考えました。そこで、窓の数を数えれば、豊かな人から多く税金を取れると考えました。この発想だけを見ると、ある程度は合理的に見えます。
しかし、人々はただ黙って税金を払うだけではありませんでした。窓が税金の基準になるなら、窓をふさいでしまえばよいと考えました。すると、税金の制度が、家の形や街の景色まで変えてしまいました。
これは、制度には「副作用」があることを示すよい例です。何かを基準にして税金やルールを作ると、人々はその基準を意識して行動を変えます。窓税の場合、その変化が「窓を減らす」「窓をふさぐ」という形で現れました。
まとめ
- 昔のヨーロッパでは、ガラス窓は高価で、窓の多さは豊かさの目印だった
- イギリスでは1696年に、家の窓の数に応じて税金を取る「窓税」が始まった
- 窓の数は外から数えやすく、政府にとって財産の多さを判断する便利な基準だった
- 税金を避けるため、窓をレンガでふさぐ人が現れた
- 窓をふさぐと室内が暗くなり、風通しも悪くなって生活環境が悪化した
- 都市部では貧しい人も大きな建物に住んでいたため、重い負担を受けることがあった
- 健康への悪影響も問題視され、窓税は1851年に廃止された
- 窓税は、税制度が人々の暮らしや建物の形まで変えてしまった例である
窓税は、税金を集めるための単なる制度でした。しかし、その制度は人々に窓をふさがせ、家の明るさや風通しまで変えてしまいました。
ルールの作り方ひとつで、人々の暮らしは大きく変わるのです。

