古代ギリシャの槍は両端が武器になっていた!?【意外と実用性の高い”トカゲ殺し”】

槍といえば、長い柄の先に鋭い刃が付いた、非常にシンプルな武器というイメージがあります。映画やゲームでもよく登場するため、その形を知らない人はほとんどいないでしょう。

しかし、約2500年前に使われていた槍を詳しく見ていくと、現代人が思い浮かべるものとは少し違った工夫が施されていました。

第112回雑学調査レポートでは、そんな「槍」に関する雑学をご紹介していきます。

目次

古代ギリシャの槍は「後ろ側」にも金属が付いていた

槍と聞くと、長い木の棒の先に鋭い穂先が付いた武器を想像する人が多いでしょう。ところが、古代ギリシャで使われた槍の中には、穂先とは反対側にも金属製の部品を取り付けたものがありました

英語では「spear-butt(スピア・バット)」や「butt-spike(バット・スパイク)」と呼ばれる部品です。槍の木製の柄の後端に金属をかぶせ、先端を細くとがらせたような形をしています。

これは後世の想像ではなく、実物が残っています。たとえば『The Metropolitan Museum of Art』には、紀元前500年ごろのギリシャ製とされる青銅製の「Bronze spear-butt(ブロンズ・スピア・バット)」が収蔵されています。同館は、この部品を地面に接する槍の端を覆うものと説明しています。

つまり古代ギリシャの槍は、前に付いた穂先だけを考えて作られていたわけではありません。後ろ側にも専用の金属部品を付け、槍全体を一つの道具として使いやすくしていたのです。

「サウロテール」は直訳すると「トカゲ殺し」

古代ギリシャの槍の後端に付いたスパイクは「サウロテール」と呼ばれます。古代ギリシャ語では「saurōtēr」と表記され、その文字どおりの意味は「lizard-killer(リザード・キラー)」、日本語にすると「トカゲ殺し」です。

古代ギリシャの戦争を研究したJ.J. Brouwersも、博士論文「Warfare and Society in Early Greece」で、サウロテールを「lizard-killer」と説明しています。

かなり変わった名前なので、「兵士がトカゲを退治するために付けていたのか」と考えたくなるところです。しかし、この名前だけを根拠に、そのような使い方を想像する必要はありません。

サウロテールは、槍の後端に付くスパイクを指す名称です。「トカゲ殺し」という呼び名は印象的ですが、実際の用途を見ると、もっと実用的な部品だったことが分かります。

地面に刺せば長い槍を立てておける

サウロテールの分かりやすい役割が、槍を地面へ突き立てることです。

槍の柄は木で作られています。そのまま木の端を土へ押し込むより、先のとがった金属製のスパイクが付いているほうが地面へ差し込みやすくなります。

Brouwersは、サウロテールによって槍を地面へ立てられたと説明しています。『The Metropolitan Museum of Art』も、槍の後端部品について、地面に接する側を覆う部品だったとしています。

長い槍を使っていない間も、ずっと手で持ち続ける必要はありません。必要に応じて後端を地面へ刺しておけば、槍を立てた状態にできます。

さらに金属製の部品が木の端を覆っているため、木製の柄が直接地面へ触れるのを避ける働きも期待できます。

見た目は物騒なスパイクですが、日常的な扱いやすさにも関係する部品だったわけです。

重い穂先とのバランスを取る働きもあった

サウロテールには、槍の重量バランスを整える働きもあったと考えられています。

槍の前側には金属製の穂先があります。当然、木の柄だけの状態よりも穂先側が重くなります。そこで反対側にも金属製の部品を取り付ければ、重さの偏りをある程度小さくできます。

Brouwersも、サウロテールが槍に一定のバランスを与えていたと説明しています。

ただし、完全に左右の重さを同じにするためだけの「重り」と考えると少し単純すぎます。

サウロテールには、地面へ刺す、木製の柄の後端を覆う、必要なら攻撃に使うといった複数の役割がありました。そのうえで金属部品の重さが、槍の扱いやすさにも影響していたと考えると理解しやすいでしょう。

実は「後ろ側」も攻撃に使える

サウロテールの仕組みで特に面白いのが、槍の後ろ側まで攻撃に利用できた点です。

これについて具体的な記録を残しているのが、古代ギリシャの歴史家ポリュビオスです。

ポリュビオスは『歴史』第6巻25章で、ローマ騎兵が以前使っていた槍と、後に取り入れたギリシャ式の槍を比較しています。

古いローマ騎兵の槍には後端のスパイクがありませんでした。そのため、穂先側で一度攻撃したあと、槍が壊れると手元に残った部分を有効な武器として使いにくかったと説明されています。

一方、ギリシャ式の槍には後端にもスパイクがありました。ポリュビオスによると、槍を反対向きに持ち替えることで、後端のスパイクでもしっかりとした一撃を加えることができたのです。

つまり「槍は前でしか攻撃できない」という構造ではありません。少なくともポリュビオスが説明するギリシャ式の騎兵用槍では、前の穂先だけでなく、後ろのスパイクも実際の攻撃手段として評価されていました。

ただし「すべてのギリシャ兵が両端で戦った」とは限らない

ここは少し注意が必要です。

ポリュビオスの文章が直接説明しているのは、ローマ騎兵がギリシャ式の装備を採用した話です。紀元前500年ごろのギリシャ重装歩兵が、戦場でどのようにサウロテールを使っていたのかを詳しく解説した文章ではありません。

そのため、「古代ギリシャの槍は全部が両端武器で、兵士はいつも前後を入れ替えながら戦っていた」とまで言ってしまうと話を広げすぎてしまいます。

一方で、後端のスパイクを攻撃に利用できること自体は、古代の史料から確認できます。

さらに、紀元前6世紀ごろの槍の後端部品を扱ったBrouwersの研究でも、サウロテールの用途として、槍のバランスを整えること、地面へ突き立てることに加えて、倒れた敵を仕留めることが挙げられています。

サウロテールは単なるスタンドではなく、状況によっては武器としても働く部品だったと考えられるのです。

倒れた敵に使われたという説もある

長い槍で立っている相手を攻撃するときは、通常の穂先が使いやすいでしょう。しかし、相手がすでに地面へ倒れている場合は事情が変わります。

そのような場面では、槍を持ち替えたり、後ろ側を下へ向けたりして、サウロテールを利用することもできます。

Brouwersはサウロテールについて、倒れた敵を仕留める用途にも使われたと説明しています。

ただし、これは現存しているサウロテール一つ一つについて「この個体で実際に敵を刺した」と証明されているという意味ではありません。考古資料や古代の史料などをもとに、研究上示されている用途です。

それでも、細長い金属製のスパイクが長い柄の先に固定されている以上、必要な場面で突くための道具として使える構造だったことは分かります。

穂先側が使えなくなったときの「予備」にもなる

戦場では、槍がいつまでも新品の状態で使えるとは限りません。激しくぶつかれば柄が折れたり、穂先側が壊れたりする可能性があります。

ポリュビオスがギリシャ式の槍を評価している理由の一つも、ここにあります。

後端にスパイクがない槍では、穂先側が使えなくなると戦闘力が大きく落ちます。しかし、後端にも鋭い金属部品があれば、十分な長さの柄が残っている限り、槍を反転させてもう一方を使えます

もちろん、柄が完全にバラバラになるほど壊れれば同じようには使えません。それでも、前側だけが壊れた場合に第二の攻撃部分が残っているのは大きな違いです。

地面へ立てるための部品が、いざというときには予備の武器にもなる。サウロテールは、かなり合理的な構造だったことが見えてきます。

現存するサウロテールは想像以上に大きい

「槍のお尻に付く金具」と聞くと、数センチほどの小さなキャップを想像するかもしれません。

ところが、『The Metropolitan Museum of Art』が所蔵する紀元前500年ごろの青銅製「Bronze spear-butt」は、全長42.3cmあります。柄を差し込むソケット部分を除いた長さも27.5cmです。

42.3cmといえば、一般的な30cm定規より12cm以上長いサイズです。

もちろん、この長さすべてが鋭い刃になっているわけではありません。木製の柄へ取り付ける部分も含まれています。それでも、単なる小さな保護キャップではなく、槍の構造を支える本格的な金属部品だったことが分かります。

この遺物には碑文も刻まれています。

『The Metropolitan Museum of Art』によると、ティンダリダイに捧げられたもので、ヘライア人から戦利品として奪われたものとされています。ティンダリダイとは、カストルとポリュデウケスを指します。

つまりこのサウロテールは、武器の部品として残っているだけではありません。古代ギリシャの戦争、戦利品、神への奉納といった文化まで知ることのできる資料でもあります。

『British Museum』にも約2500年前の実物が残っている

『British Museum』にも、紀元前500年ごろとされる青銅製の槍の後端部品が収蔵されています。

同館の資料では「Bronze spear-butt」とされ、長さは28.7cmです。時代はアルカイック期で、出土地については「おそらくオリンピア」と記録されています。

『The Metropolitan Museum of Art』の42.3cmの個体と比べると、かなりサイズが違います。

この2点だけからサウロテール全体の規格を決めることはできませんが、少なくともすべてが同じ大きさだったわけではないことが分かります。

重要なのは、こうした部品が約2500年前の実物として複数残っていることです。

古代ギリシャの槍は、単純に「木の棒の先へ刃を付けただけ」の武器ではありませんでした。後端にも金属部品を取り付け、地面へ立てやすくし、重量バランスを調整し、場合によっては反対側まで攻撃に利用できる構造になっていたのです。

まとめ

  • 古代ギリシャの槍には、穂先と反対側にも「サウロテール」と呼ばれる金属製のスパイクが付いていた
  • サウロテールは直訳すると「トカゲ殺し」という意味を持つ
  • サウロテールには、槍を地面に突き立てやすくする役割があった
  • 後端に金属部品を付けることで、槍全体の重量バランスを整える働きもあったと考えられている
  • ポリュビオスの記述から、ギリシャ式の槍では後端のスパイクも攻撃に利用できたことが分かる
  • サウロテールは、穂先側が使えなくなった場合の第二の攻撃手段にもなり得た
  • 現存品には全長42.3cmのものもあり、単なる小さな保護金具ではなく本格的な槍の部品だったことが分かる

一見すると単純な武器に見える槍ですが、古代ギリシャでは後端にまで工夫が施されていました。地面に突き立てたり、槍のバランスを整えたり、ときには攻撃にも利用したりと、サウロテールは小さな部品ながら複数の役割を持っていたと考えられています。

よく知っているつもりの武器でも、細かな部分に注目すると、古代の人々の意外な知恵が見えてくるのは面白いところです。

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