みなさん、こんにちは!
鼻をかむ、口元を拭く、机の上の汚れを取る――そんなときに何気なく手に取るティッシュペーパーは、私たちの生活に欠かせない存在です。
ところが、ティッシュペーパーは最初からそのような使い方をされる物として生まれたわけではないことをご存知でしょうか。
第27回雑学調査レポートでは、そんな「ティッシュペーパー」に関する雑学をご紹介していきます。
早速見ていきましょう。
ルーツは戦争時の代用品
ティッシュペーパーの歴史をたどると、その誕生は第一次世界大戦期の物資不足に行き着きます。
当時、戦傷者の手当てなどに使う綿が不足していたため、アメリカのキンバリー・クラーク社は、木材パルプを加工した「セルコットン」という素材を活用しました。これは外科用の綿の代用品として提案されたほか、薄く形成したものはガスマスクのフィルターに使われるなどしました。
しかし1918年に第一次世界大戦が終結すると、ガスマスク関連の需要が急減します。そこでキンバリー・クラーク社は、余ったセルコットンを民生品に転用する道を探し始めました。
そして研究の結果、セルロース素材をアイロンで滑らかにし、やわらかい薄紙にするというアイデアが生まれたことによって、1924年に「クリネックス」という名前のフェイシャルティッシュが誕生しました。
ただし、当初のクリネックスは現在のティッシュペーパーとは異なる使い道でした。1924年6月12日に登場したクリネックスは、メイク落としなどで使うコールドクリームを拭き取るための清潔で便利な使い捨て紙として宣伝されていたのです。
キンバリー・クラーク社の資料によれば、当時は浴室にかけっぱなしにされる「コールドクリーム用のタオル」の代替品という位置づけで、100枚入りの6×7インチのシートが65セントで売られていました。
つまり、ティッシュペーパーはもともと、戦争時の代用品という役割から、化粧品を落とすための美容グッズとして生まれ変わったものだったということです。
メーカーの意図しない使い方
転機になったのは、メーカー側ではなく消費者側の使い方でした。
キンバリー・クラーク社には、クリネックスを風邪や花粉症のときにハンカチ代わりに使っているという声が寄せられるようになったのです。さらに社内でも、花粉症に悩んでいた人物がハンカチの代わりに使っていたことから、広告チームに「使い捨てハンカチ」として売る案が伝わりました。
そして1930年ごろ、こうした消費者の多くの声が届いたことで、キンバリー・クラーク社は広告方針を変更することになります。その結果、クリネックスは女性用のメイク落とし用品から、老若男女問わず使うことができる衛生用品へと変わっていきました。
「1枚ずつ出る箱」も後から生まれた工夫
今では当たり前となっている、箱から1枚引くと次の1枚が出てくる仕組みも、最初からあったわけではありません。日本の紙製品関連の情報では、現在のような仕組みは、クリネックスが登場してから5年後の1929年に開発されたと紹介されています。
この仕組みができたことで、ティッシュペーパーは「箱に入った紙」から「片手で素早く取れる衛生用品」へ進化しました。鼻をかむ、口元を拭く、机の上の汚れを取るなど、日常のあらゆる場面に入り込めるようになったのです。
ちなみに、箱から引き出したティッシュペーパーを「1枚」と数えますが、多くのティッシュは実際には「2枚重ね」となっています。これは単なる量増しではなく、薄い紙を重ねたほうが、1枚を重ねるよりもやわらかくなり、ある程度の強度も保つことができるためです。
また、紙にはツルツルした表面とザラザラした裏面がありますが、裏面同士を内側に重ねることによって、肌に触れる面がどちらもツルツルになるように作られています。
この構造を知ると、ティッシュペーパーを節約しようとして1枚ずつはがしてしまうと、肌触りや強度の面で本来の性能が発揮できないことが分かるでしょう。
まとめ
- ティッシュペーパーは戦争時の代用品として生まれ、化粧品を落とすための美容グッズへと変化していった
- メーカーが意図しない使い方が広まったことで、ティッシュペーパーが衛生用品として使われるようになった
- ティッシュペーパーを節約して1枚ずつはがして使うと、肌触りや強度が落ちる
ティッシュペーパーは、戦争技術から生まれ、美容用品を経て、身近な衛生用品となった意外な歴史を持つ日用品だったのです。
身近なものほど、その背景を知ると見え方が変わると言えるでしょう。次にティッシュペーパーを使うときは、その一枚がたどってきた少し不思議な歴史を思い出してみると面白いかもしれません。
それでは次回の雑学調査レポートもお楽しみに!
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