石と聞いて、まず思い浮かべるのは「硬い」「重い」「動かない」といった特徴ではないでしょうか。ところが自然界には、そのイメージを思わず疑いたくなるような石があります。
第116回雑学調査レポートでは、そんな「石」に関する雑学をご紹介していきます。
地面に長い跡を残す「動く石」とは?
石は、誰かが持ち上げたり転がしたりしない限り、その場から動かないものです。ところが、アメリカのデスバレー国立公園には、誰も触っていないのに移動し、地面に長い跡を残す石があります。
この現象で有名なのが、カリフォルニア州にある「レーストラック・プラヤ」です。「プラヤ」とは、砂漠などの乾燥した地域にある平らな湖底のことです。普段はほとんど乾いていますが、雨や雪が降ると、一時的に浅い水がたまることがあります。
レーストラック・プラヤでは、石の後ろから何十メートル、場合によっては何百メートルもの溝が伸びています。まるで石が地面の上を自分で滑っていったように見えるため、英語では「sailing stones(セーリング・ストーンズ)」や「sliding rocks(スライディング・ロックス)」と呼ばれています。
『U.S. National Park Service』と『Scripps Institution of Oceanography』によると、この場所には重さが約320キログラムに達する石もあります。かなり大きな石まで移動した跡が残っていることが、この現象をさらに不思議なものにしていました。

石が動く瞬間を誰も見ていなかった
地面に跡が残っているのであれば、石が動いているところを観察すれば原因もすぐ分かりそうです。しかし、実際にはそう簡単ではありませんでした。
最大の理由は、石がめったに動かないことです。
石は一度移動すると、その後何年も同じ場所に止まっている場合があります。『Scripps Institution of Oceanography』では、10年以上動かないこともあると説明されています。
研究者がレーストラック・プラヤを訪れても、その日に石が動く可能性はかなり低くなります。そのため、移動後の石や軌跡を調べることはできても、「今まさに動いている石」を科学的に記録することが難しかったのです。
この謎は1940年代から研究されており、強い風、水、氷など、さまざまな説が考えられてきました。しかし、実際の移動を直接記録できていなかったため、長い間はっきりした答えが出ませんでした。
2013年、ついに石が動く瞬間を観測
謎の解明を大きく進めたのが、リチャード・ノリス氏らの研究チームです。
研究チームは2011年の冬から、レーストラック・プラヤで本格的な観測を始めました。気温や風を測る気象観測装置を設置し、タイムラプスカメラも用意します。
さらに、GPSを組み込んだ15個の観測用の石を設置しました。国立公園にもともとある石を加工することはできないため、似た石を別の場所から持ち込んで使用しています。
研究者たちは、石が動くまで5年や10年待つことになるかもしれないと考えていました。
ところが2013年12月、現地には深さ数センチほどの浅い池ができていました。そして研究者が滞在している間に、石が実際に動く現象が発生します。
GPS、写真、気象データなどによって移動が記録され、2014年8月27日に学術誌『PLOS ONE』で研究結果が発表されました。これが、レーストラック・プラヤで石が自然に動く様子を科学的に直接記録した最初の研究です。
石を動かしたのは「水・薄い氷・風」
観測によって分かった仕組みは、意外なものでした。
ポイントになるのは「水」「薄い氷」「風」の3つです。
まず、雨や雪によって乾燥したレーストラック・プラヤに浅い水がたまります。
冬の夜になると気温が氷点下まで下がり、その水の表面が凍ります。ここでできるのは、分厚い氷ではありません。
2014年の研究で確認された氷は、およそ3〜6ミリメートルという薄さでした。研究論文では、窓ガラスのように薄い氷という意味で「windowpane ice(ウィンドウペイン・アイス)」と表現されています。
朝になって太陽が昇ると、氷が少しずつ溶けて割れていきます。ただし、完全にバラバラになるのではなく、数十メートルほどの大きな板のような状態で水面に浮くことがあります。
そこへ風が吹くと、浮いた氷の板が水面をゆっくり移動します。
その氷が石に当たり、そのまま押し続けることで石が地面を滑っていくのです。
さらに、石の下にある泥は水でぬれているため、乾いた地面よりも滑りやすくなっています。
つまり、風が石そのものを直接吹き飛ばしていたわけではありません。広い氷の板が風を受け、その力を石に伝えることで移動させていました。

大きな石なのに、強風は必要なかった
大きな石を動かすと聞くと、立っていられないほどの暴風を想像するかもしれません。
ところが、実際に石が動いたときの風は、それほど強くありませんでした。
『PLOS ONE』の研究では、石の移動に関係した風は秒速およそ4〜5メートルでした。『Scripps Institution of Oceanography』でも、およそ秒速3〜5メートルの比較的弱い風だったと説明されています。
それでも石を動かせる理由は、氷の大きさにあります。
石そのものが風を受ける面積は小さくても、水面に浮かぶ氷は数十メートルの大きさになることがあります。大きな氷全体が風を受けるため、その力を石へ伝えられるのです。
イメージとしては、帆船に近いでしょう。
小さな船でも大きな帆を広げれば風の力を受けて進みます。動く石の場合は「帆」の代わりを広い氷の板が担当し、その力で石を押します。
しかも地面は水でぬれて滑りやすくなっています。この条件が重なることで、普通なら動かないような石でも少しずつ移動できるわけです。
石はどれくらいの速さで動く?
「動く石」と聞くと、石が勢いよく地面を滑っていく姿を想像するかもしれません。
実際には、かなりゆっくりです。
2014年の研究では、GPSで記録された石の主な移動速度は1分間に約2〜5メートルでした。『Scripps Institution of Oceanography』では、観測された速度を1分間に約2〜6メートルと紹介しています。
人が普通に歩く速さよりもかなり遅いため、遠くから眺めているだけでは動いていることに気付かない可能性があります。
しかも、周囲の石や氷も一緒に動く場合があります。動きを比べるための目印が少ないため、目の前で移動していても分かりにくいのです。
石が動く時間も短く、数秒で止まるものから、約16分間動き続けたものまで確認されています。
2013年12月20日には、60個を超える石が移動する大きなイベントも記録されました。さらにGPSを取り付けた一部の石は、2013年12月から2014年1月にかけて何度か動き、合計で最大224メートル移動しています。
一気に数百メートル進むのではなく、短い移動を何度も繰り返すことで、長い軌跡が作られることもあります。
動く石をめったに見られない理由
石が動くためには、いくつもの条件がちょうどよく重なる必要があります。
まず、雨や雪が降り、普段は乾いている湖底に水がたまらなければなりません。
次に、冬の夜に十分冷え込み、水面が凍る必要があります。
さらに朝になると太陽の光で氷が溶け始め、氷が大きな板のように割れなければなりません。
最後に、その氷を動かせる程度の風が必要です。
「水がたまる」「夜に凍る」「昼に溶け始める」「氷が割れる」「風が吹く」という流れが成立して、ようやく石が動ける状態になります。
デスバレーという名前から、一年中猛烈に暑い場所を想像する人も多いでしょう。実際にデスバレーは極端な暑さで有名ですが、レーストラック・プラヤでは冬の夜に氷ができるほど気温が下がることがあります。
「灼熱の砂漠で石を動かしていたものが氷だった」という点は、この現象の特に意外なところです。
すべての石が同じ仕組みで動くとは限らない
2014年の研究によって、「薄い氷が風で流され、石を押す」という現象は実際に確認されました。
そのため、これはレーストラック・プラヤの動く石を説明する重要な仕組みと考えられています。
ただし、過去に残されたすべての軌跡が、必ず同じ方法で作られたと確認されたわけではありません。
2015年には学術誌『Aeolian Research』で、氷がなくても、ぬれて滑りやすくなった湖底の上を強い風によって石が動いたとする論文も発表されています。
この報告のもとになったのは、1972年または1973年に行われた目撃です。雨が降った後のぬれた湖底で、複数の石が風によって動いたとされています。
ただし、GPSや気象観測装置を使って測定した2014年の研究とは違い、当時は精密な観測機器が使われていません。論文でも、細かな条件については後年の記憶をもとにした部分があると説明されています。
そのため、現在のところ最もはっきり科学的に記録されているのは、「浅い水の上にできた薄い氷が風で流され、石を押して動かす現象」です。
一方で、地面のぬれ方や風の強さなどによっては、別の方法で石が動く可能性も研究されています。
石の後ろに長い線が残るのはなぜ?
動く石の写真で特に目を引くのが、石の後ろから何十メートルも伸びる線です。
この線は、石がぬれた湖底を移動するときに作られます。
レーストラック・プラヤの地面は、乾燥していると硬くなっています。しかし水がたまると、表面の泥がぬれて柔らかくなります。
そこを石が押されながら進むと、石の底が泥を削り、通った場所に溝が残ります。
石が実際に動いている間は、その溝が水や氷の下に隠れている場合があります。その後、水がなくなって湖底が乾燥すると、長い軌跡が地表に現れます。
さらに、大きな氷の板が複数の石をまとめて押すと、離れた場所にある石が似た方向へ進むことがあります。
2013年12月20日の観測でも、60個を超える石が同じ移動イベントの中で動きました。
その結果、湖底には複数の線が同じ方向へ伸びる、不思議な景色が作られます。
何も知らずに乾いた湖底だけを見ると、まるで誰かが夜中に石を引きずったように見えます。しかし、その跡は「水がたまり、凍り、氷が割れ、風が吹いた」という短い出来事が残した自然の記録なのです。
まとめ
- デスバレーのレーストラック・プラヤには、誰も触れていないのに移動して長い軌跡を残す「動く石」がある
- 2013年に石が実際に動く瞬間が観測され、2014年にその研究結果が発表された
- 石を動かす主な要因は「水・薄い氷・風」の組み合わせだった
- 水面にできた薄い氷が風で流され、ぬれて滑りやすい地面の上で石を押して移動させる
- 石が動いたときの風は秒速約4〜5メートルで、必ずしも猛烈な強風は必要なかった
- 石の移動は非常に遅いが、短い移動を繰り返すことで数百メートル規模の軌跡が残ることもある
- 石が動くには複数の気象条件がそろう必要があるため、この現象はめったに見られない
- すべての軌跡が同じ仕組みでできたとは限らず、強風だけで石が動く可能性も研究されている
「石は動かない」というイメージから考えると、デスバレーの光景はかなり奇妙に見えます。しかし、その背景にはいくつもの自然条件が重なった仕組みがありました。
身近な石ひとつを取っても、自然にはまだ興味深い現象が隠れています。
参考文献
- PLOS ONE「Sliding Rocks on Racetrack Playa, Death Valley National Park: First Observation of Rocks in Motion」
- U.S. National Park Service「Death Valley’s Moving Rocks」
- Scripps Institution of Oceanography「Mystery Solved: “Sailing Stones” of Death Valley Seen in Action for the First Time」
- Aeolian Research「Racetrack Playa: Rocks moved by wind alone」

