私たちが当たり前に使っている歯ブラシを、数百年前の人が見たら驚くかもしれません。反対に、昔使われていた歯ブラシを現代の人が見ても、すぐには歯を磨く道具だと気付かない可能性があります。
第84回雑学調査レポートでは、そんな「歯ブラシ」に関する雑学をご紹介していきます。
昔の歯ブラシには本物の動物の毛が使われていた
現在の歯ブラシは、プラスチック製の柄に人工繊維の毛を植えたものが一般的です。しかし、人工繊維が開発される前の歯ブラシには、本物の動物の毛が使われていました。代表的な材料が、豚の硬い毛です。
スミソニアン国立アメリカ歴史博物館には、19世紀に作られた歯ブラシが複数所蔵されています。当時の歯ブラシは、骨や象牙を削って作った柄に、動物の毛を植え込んだものでした。使用された動物毛の多くは、豚毛だったと説明されています。
現在の歯ブラシと比べると、当時の製品には柄が重く、ヘッドも大きいものが少なくありませんでした。骨や象牙の柄は加工に手間がかかるため、現在のプラスチック製歯ブラシのように、安価な製品を大量生産することも簡単ではありません。
このように、昔の歯ブラシは、動物の骨や象牙で作った柄に、豚毛などの天然毛を植えた道具でした。
歯をきれいにする習慣は歯ブラシよりも古い
人間が歯をきれいにする習慣は、毛を植えた歯ブラシが登場するよりも、はるかに古くから存在していました。
古代の人々が使っていた道具の一つが、英語で「chew stick(チュー・スティック)」と呼ばれる細い木の枝です。日本語では「歯木(しぼく)」や「かみ棒」などと表現できます。
使い方は、枝の先をかんで繊維をほぐし、細かく分かれた部分を歯の表面にこすり付けるというものです。歯の表面に付いた汚れを物理的に取り除く点では、現在の歯ブラシに近い働きをします。

現在でも、地域や文化によっては、ミスワクなどの植物の枝が口腔清掃に使われています。毛を植えた歯ブラシが広がる前から、人々は身近な植物を利用して、歯を清潔にしようとしていたのです。
現在に近い歯ブラシは中国で生まれたとされている
柄の先に毛を直角に植えた、現在の歯ブラシに近い構造については、1498年の中国にさかのぼるという記録があります。
アメリカ歯科医師会によると、17世紀に編さんされた中国の百科事典には歯ブラシの絵が掲載され、「1498年に中国で発明された」と記されていました。これは、細長い柄の先に毛が立っている歯ブラシについて書かれた、現在知られている最も古い記録とされています。
アメリカ議会図書館は、当時の歯ブラシについて、豚の首の後ろに生えている硬く太い毛を、骨や竹の柄に取り付けたものだったと説明しています。
ただし、1498年に特定の人物が世界で初めて歯ブラシを作ったと証明されているわけではありません。17世紀に作られた百科事典に、「1498年に中国で発明された」と記載されているという意味です。
1498年は歯ブラシの発明時期として広く紹介されていますが、正確な発明者や製造場所までは分かっていません。
なぜ豚の毛が選ばれたのか
豚毛は、人間の髪の毛よりも太く、弾力と硬さがあります。何本も束ねて柄に固定すれば、歯の表面をこするためのブラシとして利用できます。
人工的な合成繊維が存在しなかった時代において、豚毛は比較的入手しやすく、ブラシの形に加工できる天然素材でした。特に中国の初期の歯ブラシには、豚の首の後ろに生えている、硬くて粗い毛が使われたと伝えられています。
動物の毛は、歯ブラシだけでなく、さまざまなブラシや筆にも古くから使われてきました。用途に合わせて毛の硬さを選び、束ねて柄に取り付ける技術が利用されていたのです。
一方で、昔の歯ブラシがすべて豚毛で作られていたわけではありません。地域や時代、製品の価格などによっては、豚以外の動物毛が使われることもありました。
そのため、「昔の歯ブラシには豚毛が使われていた」という説明は正しいものの、歴史上の天然毛歯ブラシがすべて同じ材料で作られていたわけではない点には注意が必要です。
天然毛には品質をそろえにくい弱点があった
豚毛などの天然毛には、人工繊維にはない弱点がありました。その一つが、一本一本の太さや形を均一にできないことです。
天然素材であるため、毛の太さ、硬さ、長さ、曲がり方にはばらつきがあります。同じ種類の動物から採取した毛であっても、すべてを同じ品質にそろえることは困難でした。そのため、歯ブラシごとに使用感が異なることもあります。
使用中に毛が折れたり、柄から抜けたりすることも、天然毛の問題でした。

現在の歯ブラシでは、毛の太さや長さ、毛先の形などを細かく設定できます。しかし、天然毛では、設計どおりの形を持つ毛を大量にそろえることが困難です。
毛先をすべて丸く整えたり、先端に向かって均一に細くしたりする加工も簡単ではありませんでした。
豚毛歯ブラシは衛生的に管理しにくかった
天然毛の大きな問題として、衛生管理の難しさも挙げられます。
スミソニアン国立アメリカ歴史博物館は、ナイロン毛について、天然毛よりも細菌やカビが繁殖する場所になりにくく、衛生面の改善につながったと説明しています。
使用後の歯ブラシの毛には、水分だけでなく、唾液、歯磨き粉、細かな食べかすなどが残る可能性があります。天然毛は形や表面が均一ではなく、水分の影響も受けやすいため、完全に乾燥させることが難しい場合がありました。
濡れた状態が長く続けば、歯をきれいにするための道具そのものを清潔に保ちにくくなります。
ただし、歯ブラシから細菌が検出されたからといって、直ちに健康被害が発生するわけではありません。アメリカ歯科医師会も、使用中の歯ブラシに細菌が存在する場合はあるものの、それによって健康被害が生じるという明確な証拠はないと説明しています。
必要以上に歯ブラシを消毒するのではなく、使用後によく水洗いし、風通しのよい場所で乾燥させることが重要です。
1938年にナイロン毛の歯ブラシが登場した
歯ブラシの歴史が大きく変わったのは、1938年です。この年、合成繊維のナイロンを毛に使用した歯ブラシが市場に登場しました。
アメリカ歯科医師会の歯科史年表でも、1938年は「合成毛を使用した最初のナイロン歯ブラシが市場に現れた年」とされています。
代表的な製品が、ウェスト・プロダクツ社の「Dr. West’s Miracle-Tuft Toothbrush」です。日本語では、「ドクター・ウェストのミラクル・タフト歯ブラシ」などと表記できます。この製品には、化学メーカーのデュポンが製造した合成フィラメントが使用されていました。
当時の発表では、毛が抜けにくいこと、防水性があること、長持ちすること、洗浄力に優れていることなどが宣伝されています。
現在の広告と同様に、当時の宣伝内容がすべて客観的に証明された性能を意味するわけではありません。しかし、メーカーが天然毛の欠点を意識し、それを補う新しい素材としてナイロンを売り出していたことが分かります。
ナイロン毛は歯ブラシの品質を安定させた
ナイロン毛の重要な利点は、毛の形や品質を人工的に調整できることです。
天然毛では、太さ、長さ、硬さを完全にそろえることが難しく、製品ごとのばらつきを避けられませんでした。ナイロンのような合成繊維であれば、一定の太さや長さに加工しやすくなります。
同じ条件の毛を大量に製造できるため、歯ブラシの品質も安定させられます。毛が抜けにくく、耐久性を高めやすいことも、毎日使用する日用品に適した特徴でした。
さらに、人工繊維では、目的に合わせて毛の性質を変えられます。細い毛、太い毛、やわらかい毛、比較的硬い毛などを作り分けることが可能です。毛先を丸く加工したり、先端に向かって細くしたりすることもできます。

これによって歯ブラシは、単なる「毛を取り付けた柄」から、毛の太さや形、配置まで細かく設計された口腔清掃用品へと変化していきました。
最初のナイロン毛にも改良が必要だった
ナイロン毛が登場したからといって、1938年の時点ですべての技術が完成していたわけではありません。
毛を均一に作れるようになった後も、歯や歯ぐきに適した太さ、硬さ、長さ、毛先の形を見つける必要がありました。
スミソニアン国立アメリカ歴史博物館によると、ヘンリー・ニコラス・サーゴルは1938年に、やわらかいナイロン毛を使った歯ブラシを設計しています。
当時市販されていた歯ブラシよりも歯のエナメル質を傷つけにくく、歯ぐきのマッサージに適したものにすることや、歯磨き粉を毛に取りやすくすることが設計上の目標でした。
その設計に注目した歯科医師のロバート・ウィリアム・ハトソンは、さらに開発を進めます。ハトソンは1949年にオーラルB社を設立し、多数の毛束を配置した歯ブラシを展開しました。
製品名に付けられた数字は毛束の数を示し、例えば「Oral B-60」には60束の毛が植えられていました。
ナイロンという新素材を採用するだけでなく、毛束の数、毛の細さ、配置方法なども改良されたことで、現代に近い歯ブラシが作られていったのです。
第二次世界大戦も歯磨き習慣の普及に影響した
ナイロン歯ブラシが登場した時期には、アメリカで日常的な歯磨き習慣も広がりました。
アメリカ議会図書館は、第二次世界大戦中に兵士が身につけた規律ある衛生習慣が、戦後のアメリカ社会に影響を与えたと説明しています。
兵士たちは、健康を維持するための日常的な衛生管理として、歯を磨くよう求められました。戦争が終わって家庭へ戻った後も、その習慣を続けた人が多く、一般家庭への歯磨き習慣の普及を後押ししたと考えられています。
ただし、アメリカ人が第二次世界大戦をきっかけに、突然歯を磨き始めたわけではありません。
アメリカ歯科医師会の年表では、1890年に歯科医師のウィロビー・ミラーが虫歯と微生物の関係を示したことにより、定期的な歯磨きやデンタルフロスを推進する世界的な運動が始まったとされています。
20世紀初めには、学校や政府機関、保健機関による口腔衛生教育も進められていました。そのため、第二次世界大戦は、それ以前から続いていた歯磨き習慣の普及を、さらに強く後押しした要因の一つと考えるのが適切です。
現代の歯ブラシにはPBTの毛も使われている
現代の歯ブラシでは、ナイロン系の素材だけでなく、PBTという樹脂も毛の材料に使われています。
PBTは「ポリブチレンテレフタレート」の略称です。ポリエステル系の熱可塑性樹脂で、水分を吸収しにくく、耐熱性や耐薬品性を持つ材料です。
歯ブラシの毛は毎日水に触れるため、濡れたときに性質がどの程度変わるかが重要になります。
PBT製歯ブラシについて調べた研究では、PBTはナイロンよりも水分を吸収しにくい素材だと説明されています。ナイロン毛は水分を吸収すると硬さが変化する場合がありますが、PBTは比較的水分の影響を受けにくいとされています。

ただし、PBTであっても、長期間使用すれば毛が曲がったり、広がったり、摩耗したりします。
歯ブラシの性能は、素材だけで決まるわけではありません。毛の太さ、毛先の形、植え方、毛束の数、使用時に加える力などによって、使い心地や清掃能力は変わります。
歯ブラシは硬いほど汚れが落ちるわけではない
昔の歯ブラシに使われていた豚毛は、太くて硬いことが特徴でした。しかし、現代の歯磨きでは、毛が硬ければ硬いほど汚れをよく落とせるとは考えられていません。
アメリカ歯科医師会は、一般的な歯磨きには、やわらかい毛の歯ブラシを使用するよう推奨しています。また、歯ブラシを強く押し付けず、やさしい力で動かすことも重要だとしています。
硬い毛や強すぎる力は、歯ぐきを傷つける危険性を高めるためです。
歯ブラシは、強い力で歯の表面を削る道具ではありません。毛先を歯や歯ぐきの境目に当て、小さな動きで歯垢を取り除くための道具です。
アメリカ歯科医師会は、歯と歯ぐきの境目に対して歯ブラシを約45度の角度で当て、短い幅でやさしく前後に動かす方法を案内しています。

豚毛からナイロン毛への変化は、単に天然素材が人工素材へ置き換わっただけではありません。歯や歯ぐきを傷つけにくい硬さや形を、細かく設計できるようになった変化でもあります。
使用後の歯ブラシはよく乾かす
現在の人工繊維の歯ブラシであっても、濡れたまま密閉容器に入れることは推奨されていません。
使用後は、流水で歯磨き粉や汚れを十分に洗い流します。その後、毛の部分を上にして立て、空気に触れる場所で乾燥させることが基本です。
アメリカ歯科医師会は、湿った歯ブラシを閉じた容器に保管すると、開放された場所に置いた場合よりも、微生物が増殖しやすくなると説明しています。
家族の歯ブラシを同じ場所に置く場合も、毛先同士が触れないようにします。歯ブラシを共有することも避けなければなりません。
熱湯をかけたり、電子レンジや食器洗浄機に入れたりすると、毛や柄が変形する可能性があります。通常は、使用後によくすすぎ、自然乾燥させれば十分です。
歯ブラシは3~4カ月を目安に交換する
歯ブラシの毛が外側へ広がると、毛先が歯の表面に正しく当たりにくくなります。
毛が曲がったり、絡まったり、摩耗したりすれば、歯と歯ぐきの境目や歯と歯の間など、細かい部分へ届きにくくなります。
アメリカ歯科医師会は、歯ブラシを約3~4カ月ごとに交換するよう案内しています。それより前であっても、毛が広がったり傷んだりした場合は交換が必要です。
短期間で毛先が大きく開く場合には、歯ブラシを歯に押し付ける力が強すぎる可能性があります。
新品の歯ブラシと使用中の歯ブラシを並べてみると、毛の広がりや変形を確認しやすくなります。交換時期は使用した月数だけで判断せず、毛先の状態も見て決めることが大切です。
現在の歯ブラシには長い改良の歴史が詰まっている
市販の歯ブラシを観察すると、長い歴史の中で生まれたさまざまな工夫が見えてきます。
最初に確認したいのが、毛先の形です。毛先を丸く処理したもの、先端に向かって細くしたもの、太さの異なる毛を組み合わせたものなどがあります。
次に、毛の植え方を見てみましょう。すべての毛が同じ方向に並んでいる製品だけではありません。毛を斜めに植えたもの、中央と外側で高さを変えたもの、複数の方向へ向けて配置したものもあります。
アメリカ歯科医師会が紹介する研究では、複数の高さを持つ毛や、斜めに植えられた毛を採用した歯ブラシは、一般的な平らな毛先の歯ブラシよりも歯垢除去に優れていたと報告されています。
柄の部分にも工夫があります。滑りにくい素材を組み合わせたもの、奥歯まで届きやすい角度を付けたもの、強い力がかかるとしなる構造を採用したものなどです。
このような細かな設計は、天然の豚毛と骨の柄を組み合わせただけの歯ブラシでは、簡単に実現できませんでした。
小さな日用品である歯ブラシには、衛生学、材料科学、樹脂加工技術、人間工学など、さまざまな分野の進歩が使われています。
かつて本物の豚毛が植えられていたことを知ったうえで現在の歯ブラシを見ると、毛の一本一本にも多くの技術が使われていることが分かります。
まとめ
- 昔の歯ブラシには、骨や象牙の柄と豚毛などの天然毛が使われていた
- 現在に近い形の歯ブラシは、1498年の中国にさかのぼるとされている
- 豚毛は太く硬いため、歯をこするブラシの材料として利用された 天然毛には、太さや硬さを均一にできず、水分が残りやすい弱点があった
- 1938年にナイロン毛を使った歯ブラシが市場に登場した ナイロン毛の登場により、歯ブラシの品質や耐久性を安定させやすくなった
- ナイロン毛も登場当初から完成していたわけではなく、硬さや毛束の配置が改良された
- 第二次世界大戦は、アメリカで歯磨き習慣が広がるきっかけの一つになった
- 現代の歯ブラシには、ナイロンだけでなく吸水性の低いPBTも使われている
- 歯ブラシは硬いほどよいわけではなく、やわらかい毛でやさしく磨くことが重要
- 使用後の歯ブラシはよく洗い、密閉せずに乾燥させる必要がある
- 歯ブラシは3~4カ月を目安に、毛先が傷んだ場合は早めに交換する
現在の歯ブラシは、完成された単純な道具に見えるかもしれません。しかし、その背景には、天然毛の欠点を補い、より使いやすい形を求めてきた長い歴史があります。
洗面所に置かれた小さな一本は、人々の暮らしと技術の変化を映す道具でもあるのです。
参考文献
- Library of Congress「Who invented the toothbrush and when was it invented?」
- National Museum of American History, Smithsonian Institution「Oral Care」
- National Museum of American History, Smithsonian Institution「Dr. West’s Flexite “Exton” Brand Bristling, Hard」
- National Museum of American History, Smithsonian Institution「Toothbrush」
- National Museum of American History, Smithsonian Institution「Toothbrush」
- American Dental Association「Dental History」
- American Dental Association「Toothbrushes」
- National Library of Medicine, PubMed Central「Changes in the Bristle Stiffness of Polybutylene Terephthalate Manual Toothbrushes over 3 Months: A Randomized Controlled Trial」
- National Library of Medicine, PubMed Central「Analysis of the Deflection, Bristle Splaying, and Abrasion of a Single Tuft of a Polybutylene Terephthalate Toothbrush after Use: A Randomized Controlled Trial」

