白い絵の具はかつて「毒」だった!?【安全性より美しさ】

白という色には、どこか特別な印象があります。清潔、純粋、神聖、上品――私たちは白に対して、無意識のうちに明るく美しいイメージを抱きがちです。

しかし、白という色の歴史をたどってみると、その印象とは少し違った一面が見えてきます。

第45回雑学調査レポートでは、そんな「白」に関する雑学をご紹介していきます。

最高級の白として使われた「鉛白」

絵画の世界で、長いあいだ重要な白色として使われてきた顔料に「鉛白(えんぱく)」があります。

英語では “lead white” と呼ばれ、名前のとおり、鉛を含む白い顔料です。主成分は、塩基性炭酸鉛という鉛化合物です。

現在の感覚では、鉛と聞くと「毒性がある危険な金属」という印象が強いかもしれません。しかし、かつての画家たちにとって鉛白は、とても頼りになる白でした。

白い絵の具は、ただ白ければよいわけではありません。絵画では、明るい部分を描いたり、下地を作ったり、色をやわらかくしたり、光沢や立体感を出したりするために白が使われます。そのため、白の顔料には「下の色を隠す力」「乾きやすさ」「混ぜやすさ」「発色のよさ」が求められました。

鉛白は、これらの条件をよく満たしていました。とくに油絵では乾きが早く、下塗りにもハイライトにも使いやすい顔料でした。しかも不透明で、少量でもしっかり白く見えます。だからこそ、危険性が知られるようになってからも、長く使われ続けました。

鉛白はどうやって作られていたのか

鉛白は、自然の白い石をそのまま削って作る顔料ではありません。古くから人工的に作られてきた顔料です。

伝統的な作り方では、金属の鉛を酢の蒸気にさらします。酢に含まれる酢酸の蒸気が鉛に作用し、表面に白い鉛化合物ができます。それを集めて粉にすると、白い顔料として使えるようになります。

つまり鉛白は、金属の鉛を化学反応で白い粉に変えたものだったのです。

この方法は、現代の工場のように安全管理された環境で行われていたわけではありません。昔は、職人の手作業に近い形で作られていました。作る人も、使う人も、鉛を含む粉や蒸気に触れる危険がありました。

白く美しい顔料の裏側には、かなり危険な製造工程があったのです。

なぜ画家たちは危険な白を使ったのか

鉛白が重宝された理由は、単に「白いから」ではありません。

まず、鉛白は不透明でした。透明感のある白ではなく、下にある色をしっかり隠せる白です。これは絵画では非常に重要でした。たとえば、人の肌の明るい部分、布の光が当たった部分、金属や真珠の輝きなどを描くとき、白が弱いと画面がぼんやりしてしまいます。

次に、油絵具として使ったときに乾きやすいという利点がありました。油絵は乾燥に時間がかかる技法ですが、鉛白は油と混ぜると比較的早く乾くため、下地や重ね塗りに便利でした。

さらに、鉛白には少しあたたかみのある白さがありました。現代の代表的な白顔料であるチタンホワイトは強く明るい白ですが、冷たい印象になることもあります。それに対して鉛白は、やわらかく、肌や布に自然な光を与えやすい白でした。

この性質のため、肖像画や宗教画などで、人間の肌、衣服、光の表現に多く使われました。名画の中のやわらかな白、肌の明るい部分、布の輝きには、鉛白が使われていることがあります。

「白」は清潔の色だったが、材料は清潔ではなかった

白色には、清潔、純粋、神聖、上品といったイメージがあります。

しかし歴史を振り返ると、その白を作るために使われた材料が、必ずしも安全だったわけではありません。鉛白はその代表例です。

白く見せるために鉛を使うという発想は、絵画だけでなく、化粧にも広がりました。歴史上、肌を白く見せることが美しさや身分の高さと結びついた時代があります。屋外で働かなくてもよい人、日焼けしていない人、つまり上流階級の人であることを示す意味もありました。

そのため、白い肌を作る化粧品に鉛白が使われることがありました。白は美の象徴でしたが、その白を作る粉には毒性があったのです。

現代から見ると不思議に感じられますが、当時は「白く見えること」の価値が非常に高かったのです。見た目の美しさや社会的な印象が、安全性より優先されることもありました。

鉛が体に悪い理由

鉛は体に入ると、健康に悪影響を与えます。

特に問題になるのは、鉛が神経系に影響することです。子どもでは脳や神経の発達に悪影響を及ぼす可能性があり、学習や行動の問題につながることがあります。大人でも、高血圧、腎臓への影響、心血管系への影響などが知られています。

鉛の厄介なところは、少量でも問題になり得る点です。特に子どもについては、安全といえる血中鉛濃度は確認されていないとされています。

絵の具としての鉛白も、完成した絵を壁に飾って眺めるだけなら、通常は大きな危険はありません。しかし、粉を吸い込む、口に入る、皮膚や作業場を汚染する、古い塗装を削って粉じんが出る、といった状況では危険性が高まります。

昔の画家や顔料職人は、現代のような防護マスク、換気設備、化学物質管理の知識を十分に持っていたわけではありません。そのため、鉛白を扱うことは、長期的な健康被害につながる可能性がありました。

白い顔料の主役交代

鉛白は、長いあいだ白色顔料の主役でした。しかし、毒性の問題が大きくなるにつれて、代わりの白が求められるようになりました。

その一つがジンクホワイト(亜鉛華)です。ジンクホワイトは、鉛白より毒性が低い白顔料として使われるようになりました。ただし、絵の具としては鉛白と性質が違います。透明感があり、乾き方や混色の印象も異なります。

その後、さらに強い白としてチタンホワイトが登場しました。チタンホワイトは現在、絵の具、塗料、プラスチック、紙、化粧品など、さまざまな分野で使われる代表的な白色顔料です。

チタンホワイトは非常に白く、下の色を隠す力も強い顔料です。現代人がイメージする「はっきりした白」は、チタンホワイトによって作られていることが多いです。

つまり、現代の白はチタンの白、昔の白は鉛の白だったとも言えます。

まとめ

  • 絵画の世界では長いあいだ、毒性のある鉛を含んだ「鉛白」という顔料が使われていた
  • 鉛白は、金属の鉛を化学反応で白い粉に変えた人工顔料だった
  • 鉛白が重宝された理由は、「不透明」「乾きやすい」「少しあたたかみのある白さ」があったため
  • 歴史上は「白く見えること」の価値が非常に高く、化粧品に鉛白が使われることもあった
  • 鉛は、体に入ると神経系に影響を及ぼす
  • 鉛白の危険性が広まるにつれて、白色顔料はジンクホワイト、そして現代で使われるチタンホワイトへと変化していった

鉛白は、便利で美しく、画家たちにとって欠かせない白でした。一方で、それは人の体に害を与える危険な物質でもありました。この二面性こそが、鉛白という顔料の面白さでもあると言えるでしょう。

白は「明るく美しい色」と思われがちですが、その歴史は決して単純ではありません。

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