炎は上に伸びるもの――そう聞いて、特に違和感を覚える人はいないでしょう。ろうそくでも焚き火でも、炎はいつも上へ向かって伸びているように見えます。
ところが、この当たり前は、どこでも通用するわけではありません。
第98回雑学調査レポートでは、そんな「炎」に関する雑学をご紹介していきます。
宇宙のろうそくは「丸くて青い炎」になる
ろうそくに火をつけると、黄色くて細長い炎が上に伸びます。
毎日のように目にする形なので、「炎はもともと上に伸びるもの」と思っている人もいるかもしれません。
ところが、宇宙船の中のような「微小重力」の環境では、ろうそくの炎はまったく違う姿になります。
NASAが行った実験では、地上ではしずくのような形になる炎が、微小重力では丸みを帯びた形になりました。しかも、地上のろうそくのような明るい黄色ではなく、薄暗い青色に見えます。
スペースシャトルや宇宙ステーション「ミール」で行われた実験では、炎の大きさは直径約1.5cm。形は半球状で、小さく青い炎が観察されました。

地上のろうそくを見慣れていると、かなり不思議な見た目です。
ただし、「宇宙ではどんな火でも必ず青い球になる」というわけではありません。
炎の形や色は、燃やす物の種類、酸素の量、空気の流れ、圧力などでも変わります。
丸くて青い炎は、空気の流れが比較的穏やかな微小重力環境で、ろうそくを燃やしたときに見られる代表的な特徴です。
そもそも地上の炎はなぜ上に伸びる?
ここで気になるのが、「なぜ地上のろうそくは細長いのか」という点です。
実は炎自身が、上へ行こうとしているわけではありません。
大きく関係しているのは、重力です。
ろうそくが燃えると、炎の周囲に熱いガスができます。
熱くなった気体は、周囲の冷たい気体よりも密度が小さくなります。簡単にいえば、同じ大きさなら軽くなるということです。
地上には重力があるため、この温かく軽い気体には浮力が働き、上へ移動していきます。
すると、熱い気体が移動した場所を埋めるように、周囲から冷たい空気が入ってきます。
その空気には、火が燃えるために必要な酸素が含まれています。

つまり、ろうそくの周りでは、
- 熱い燃焼ガスが上へ移動する
- 周囲から新しい空気が入ってくる
- 酸素が炎に届く
- 燃焼によって新しい熱いガスができる
- そのガスも上へ移動する
という流れが繰り返されています。
このように、温度差と重力によって空気が動く現象を「浮力対流」と呼びます。
名前は少し難しそうですが、「温かい空気が上へ行き、代わりに冷たい空気が入ってくる流れ」と考えれば十分です。
この上向きの流れによって炎も縦に引っ張られるため、地上のろうそくは下が太く、上が細い「しずく型」になります。
つまり、見慣れたろうそくの形は、炎そのものの性質だけで決まっているのではありません。
地球の重力によって作られている部分が大きいのです。
微小重力になると炎が丸くなる理由
では、宇宙船の中では何が変わるのでしょうか。
国際宇宙ステーションなどは、よく「無重力」と表現されます。
しかし、本当に重力がゼロになっているわけではありません。
宇宙ステーションは地球の重力を受けながら、地球へ向かって落下し続けています。それと同時に非常に速い速度で横方向へ進んでいるため、地面に落ちることなく地球の周囲を回り続けています。
宇宙船も、その中にいる宇宙飛行士も、物も、ほぼ一緒に落下しています。
そのため船内では重さを感じにくくなり、「微小重力」と呼ばれる状態になります。
微小重力になると、地上の炎を上へ伸ばしていた浮力対流が大幅に弱くなります。
熱くなったガスが勢いよく上昇しにくくなるため、「上」という方向に強い空気の流れができません。
そこで重要になってくるのが「拡散」です。
拡散とは、物質が濃い場所から薄い場所へ自然に広がっていく現象です。
たとえば、部屋の一角で香水を使うと、しばらくして離れた場所でも香りを感じることがあります。
あれも拡散のイメージに近い現象です。
微小重力のろうそくでは、周囲にある酸素が炎の方向へ少しずつ移動し、燃焼によってできた物質も周囲へ広がっていきます。
地上のような強い上向きの流れがないので、炎が一方向へ引き伸ばされません。
そのため、炎は燃料の周囲を包むように広がり、丸みを帯びた形になっていきます。

NASAも、微小重力では地上で見られる空気の循環が起こりにくくなるため、炎が球状に近づくと説明しています。
「宇宙だから炎がプカプカ浮いて丸くなる」のではありません。
「地上で炎を上へ伸ばしている空気の流れがなくなるので、丸くなりやすい」というほうが正確です。
なぜ黄色い炎が青くなる?
形だけでなく、炎の色が変わるのも面白いポイントです。
地上のろうそくといえば、黄色やオレンジ色の明るい炎を思い浮かべるでしょう。
この黄色い光には「すす」が大きく関係しています。
そもそも、ろうそくは芯そのものが燃え続けているわけではありません。
火をつけると、まず熱によって固体のろうが溶けます。
液体になったろうは芯に吸い上げられ、さらに加熱されることで気体になります。
実際に主に燃えているのは、この気体になったろうです。
燃料と酸素の混ざり方が十分ではない場所では、炭素を含んだ非常に小さな「すす」の粒ができます。
地上では、浮力による上向きの空気の流れがあるため、すすが炎の上側へ運ばれます。
そのすすが非常に高い温度まで熱せられると、黄色やオレンジ色の強い光を出します。

これが、地上のろうそくが明るい黄色に見える大きな理由です。
一方、微小重力では、すすを上へ運ぶ強い対流がありません。
NASAのスペースシャトルでの実験では、火をつけた直後には黄色い光が見られたものの、その後、炎はすすがほとんど見られない薄暗い青色へ変化しました。
黄色く光るすすが少なくなるため、燃焼反応そのものから出る青い光が目立つようになります。
その結果、微小重力のろうそくは、
- 小さい
- 暗い
- 青い
- 丸い
という、地上とはかなり違った炎になります。
NASAも、地上では浮力対流によってすすが炎の先端へ運ばれることで黄色く見えるのに対し、微小重力では炎がすすの少ない青色になると説明しています。
「青い炎=地上より高温」とは限らない
ここで注意したいのが、炎の色と温度の関係です。
ガスコンロなどを見ると、「青い炎のほうが高温」というイメージを持っている人もいるでしょう。
そのため、
「宇宙のろうそくは青いから、地上よりものすごく熱いのでは?」
と思うかもしれません。
しかし、単純にそうとは言えません。
炎の色は温度だけで決まるものではなく、どの物質がどのように光っているかにも左右されます。
地上のろうそくが黄色く見える大きな理由は、高温になったすすが明るく光っているためです。
微小重力ではそのすすが少なくなるので、黄色い光が弱くなります。
つまり、「黄色から青になった=温度が上がった」と単純に考えるのは正確ではありません。
炎の色を見るときは、温度だけでなく、燃料の種類や燃焼状態、すすの量なども考える必要があります。
宇宙空間そのものでは、普通のろうそくは燃えない
「宇宙でも火が燃えるなら、宇宙空間でろうそくに火をつけられるの?」
という疑問も出てきます。
これは基本的にできません。
ここでは「宇宙船の中」と「宇宙船の外」を分けて考える必要があります。
宇宙船の外に広がる宇宙空間は、ほぼ真空です。
普通の火が燃え続けるには、燃料だけではなく、酸素などの酸化剤が必要です。
宇宙空間には、地上の空気のように十分な酸素がありません。
そのため、普通のろうそくを宇宙船の外へ持っていって火をつけても、地上のように燃え続けることはできません。
一方、有人宇宙船の中には、宇宙飛行士が呼吸するための空気があります。
燃える物、十分な酸素、燃焼を始める熱がそろえば、微小重力でも火は燃えます。
つまり、火が燃えるために「重力そのもの」が必要なわけではありません。
重力が大きく関係しているのは、炎の周囲で空気や燃焼ガスがどのように移動するかという部分です。
そのため重力が弱くなると、
- 炎の形
- 炎の色
- 温度の分布
- 酸素の届き方
- 炎の広がり方
- 火の消え方
などが地上とは変わってきます。
微小重力でも45分ほど燃え続けたろうそくがある
微小重力では強い対流が起こりません。
そのため、
「新しい酸素が届かなくなって、すぐ消えるのでは?」
と思うかもしれません。
実際、微小重力では酸素の運ばれ方が地上とはかなり違います。
しかし、「微小重力なら火はすぐ消える」と決まっているわけではありません。
NASAがスペースシャトルで行った初期のろうそく実験では、多くの場合、炎が燃え続けた時間は60秒未満でした。
ただし、これには実験装置そのものが大きく関係していました。
安全のために炎を囲っていた装置が酸素の移動を妨げていたため、炎まで十分な酸素が届きにくかったのです。
その後、宇宙ステーション「ミール」で行われた実験では、装置の設計が変更されました。
酸素が炎まで届きやすくなった結果、長時間燃え続ける炎が観察され、一部の実験では最大約45分に達しています。
微小重力だからといって、必ず短時間で火が消えるわけではないことが分かります。
炎がどのくらい続くかは、
- 酸素がどのくらいあるか
- 酸素がどのように運ばれるか
- 空間がどのくらい広いか
- 周囲に気流があるか
- 燃料がどのような物質か
- 実験装置がどのような形か
といった、さまざまな条件で変わります。
宇宙の炎はあまり「ゆらゆら」しない
地上のろうそくを眺めていると、炎が左右に揺れたり、先端が細かく動いたりします。
これも空気の流れと深く関係しています。
地上では温かいガスが上昇し、周囲から新しい空気が入ります。
さらに、人の動き、エアコン、わずかな風などによっても空気は動くため、炎は簡単に揺れます。
微小重力で周囲の気流が静かな場合、こうした浮力による強い流れがなくなるため、炎は地上よりも安定した形を保ちやすくなります。
NASAが行ったろうそく実験では、比較的安定した炎が長時間続いた例も確認されました。
一方で、炎が消える直前には、約1Hz、つまり1秒に1回程度の周期で自然に振動する現象も観察されています。
単純に「宇宙では炎が完全に動かなくなる」というわけではなく、地上とは違った仕組みで炎の動きが生まれるのです。
宇宙船で火事が起きると地上より厄介
NASAが宇宙で火の研究を続けている大きな理由のひとつが、宇宙飛行士を火災から守るためです。
地上の建物で火事が起きた場合は、建物の外へ避難できます。
消防隊を呼ぶこともできます。
しかし、宇宙船ではそうはいきません。
宇宙飛行士は、火災が起きたからといって船外へ避難することはできません。
しかも、微小重力では炎や煙の動き方も地上とは違います。
地上で有効な消火方法が、宇宙でもまったく同じように働くとは限りません。
NASAは、微小重力で火を消す場合には、炎の形、燃えている材料、消火方法などを考える必要があり、地上で使われる方法が効果を発揮しなかったり、条件によっては状況を悪化させたりする可能性もあると説明しています。
そのため、宇宙船にどのような素材を使えばよいのか、火がどのように広がるのか、どうすれば効率よく消せるのかを事前に詳しく調べておく必要があります。
NASAはどうやって安全に火の実験をしている?
もちろん、宇宙ステーションの中で自由に火をつけて実験しているわけではありません。
NASAでは、炎を外部から隔離できる専用の実験装置を使用しています。
国際宇宙ステーションでは「Combustion Integrated Rack(CIR)」と呼ばれる設備などを使い、小規模な燃焼実験を安全に行っています。
さらに、大きな火を使う実験では、宇宙飛行士が乗っていない宇宙船を利用した例もあります。
NASAの「Saffire」シリーズでは、国際宇宙ステーションから切り離された無人のシグナス補給船の中で火災実験を行いました。
人が乗っていないため、宇宙ステーション内では難しい規模の火を使って、炎がどのように広がるのかを調べられます。

宇宙で火を燃やす実験は、単なる好奇心のために行われているわけではありません。
将来、宇宙飛行士が月や火星などで長期間生活するようになれば、火災への備えはさらに重要になります。
宇宙で炎を調べると地上の技術にも役立つ
微小重力での燃焼研究には、もうひとつ大きな意味があります。
炎そのものの仕組みを、より単純な条件で調べられることです。
地上では重力による対流が強く起こるため、炎の周囲では気体が複雑に動きます。
研究者から見ると、この空気の流れが燃焼現象を詳しく調べる際の邪魔になることがあります。
微小重力では浮力対流の影響を大幅に減らせるので、
- 燃料がどのように燃えるのか
- すすがどのように作られるのか
- 炎がどの条件で消えるのか
- 燃料と酸素がどのように混ざるのか
といった基本的な現象を詳しく観察できます。
NASAでは、こうした研究が宇宙船の火災安全だけでなく、地上で使われる燃焼技術にも役立つ可能性があるとしています。
燃焼をより効率よくコントロールできれば、エンジンや発電、暖房などで燃料を効率的に使ったり、すすなどの汚染物質を減らしたりする技術につながる可能性があります。
普段何気なく見ている一本のろうそくの炎も、重力が変わるだけで形や色、燃え方まで大きく変化します。
地上では当たり前に見える「細長く黄色い炎」も、実は地球の重力が作り出している姿のひとつなのです。
まとめ
- 微小重力では、ろうそくの炎は地上のようなしずく型ではなく、丸みを帯びた青い炎になる
- 地上の炎が上に伸びる主な理由は、重力によって生じる浮力対流にある
- 微小重力では浮力対流が弱くなるため、炎が一方向へ引き伸ばされず丸くなりやすい
- 地上のろうそくが黄色く見える大きな理由は、高温になったすすが強く光るため
- 微小重力ではすすの黄色い光が少なくなり、燃焼による青い光が目立つ
- 火が燃えるために重力そのものは必要なく、燃料・酸素・十分な熱があれば微小重力でも燃焼する
- 宇宙空間そのものでは普通のろうそくは燃え続けないが、空気のある宇宙船内では燃焼できる
- 微小重力だからといって火がすぐ消えるわけではなく、実験では最大約45分燃え続けた例もある
- 宇宙での燃焼研究は、宇宙船の火災対策や炎の基本的な仕組みの解明に役立っている
普段何気なく見ているろうそくの炎も、重力や空気の流れが変われば、その姿は大きく変化します。
いつも上へ伸びている炎は、決して「火とはそういうもの」だからではありません。
身近すぎて疑問に思わない現象にも、環境によって成り立っているものはたくさんあります。ろうそくの炎も、そんな「当たり前」を見直すと面白くなる現象のひとつです。

