牛の腹部には、人間の胃からは想像しにくいほど大規模な消化の仕組みがあります。その全体像を知ると、牛が草を食べ続ける理由や、何度も口を動かす理由が違って見えてきます。
第79回雑学調査レポートでは、そんな「牛」に関する雑学をご紹介していきます。
「牛には胃が4つある」は間違いではない
牛に関する雑学として、「牛には胃が4つある」という話は広く知られています。
この説明は、日常的な表現としては間違いではありません。ただし、人間の胃のような器官が4個あり、それぞれが完全に独立して並んでいるわけではありません。
牛の胃は、形や働きが異なる4つの区画から構成されています。
第一胃は「ルーメン」または「瘤胃(りゅうい)」、第二胃は「レティキュラム」または「網胃(もうい)」、第三胃は「オマサム」または「葉胃(ようい)」、第四胃は「アボマサム」または「皺胃(しゅうい)」と呼ばれます。
それぞれの区画が異なる役割を持つことから、一般には「4つの胃」と表現されています。構造をより正確に説明する場合は、「牛の胃は4つの区画に分かれている」と考えると分かりやすいでしょう。

牛の胃が4つの区画に分かれている理由
牛の胃が複雑な構造をしているのは、牧草や干し草などに含まれる植物繊維から、効率よく栄養を取り出すためです。
植物には、セルロースやヘミセルロースといった繊維が多く含まれています。しかし、牛自身が作る消化酵素だけでは、これらの繊維を十分に分解できません。
そこで重要な役割を果たすのが、牛の胃の中に生息している微生物です。
第一胃を中心とする胃の中には、細菌、古細菌、原生動物、菌類など、さまざまな微生物が存在しています。これらの微生物が植物繊維を発酵させ、牛が利用できる物質へと変えます。
つまり、牛は自分の消化酵素だけで草を消化しているわけではありません。胃の中に大規模な発酵環境を作り、微生物と協力しながら植物から栄養を得ています。
第一胃「ルーメン」は巨大な発酵タンク
4つの区画のうち、最も大きいのが第一胃のルーメンです。日本語では瘤胃と呼ばれます。
第一胃は、牛の腹部の左側を中心に大きく広がっています。内部には、食べた飼料、液体、微生物、発酵によって生じたガスなどが大量に蓄えられています。
第一胃の容量は、牛の体格や飼養条件、内容物の状態などによって異なります。米国の大学が公開している資料では、およそ25~40米ガロンの内容物を保持できると説明されています。
1米ガロンを約3.8リットルとして換算すると、約95~150リットルです。
ただし、この数字は、空の第一胃に入る水の量を単純に示したものではありません。実際の第一胃内には、飼料や水分だけでなく、微生物やガスも含まれています。
第一胃の重要な働きは、食べ物をためることだけではありません。第一胃内に生息する微生物によって、飼料を発酵させることが主な役割です。
このため、第一胃はしばしば「発酵タンク」や「発酵槽」に例えられます。
微生物が飼料に含まれる炭水化物を発酵させると、酢酸、プロピオン酸、酪酸などが作られます。これらは「揮発性脂肪酸」と呼ばれ、英語名の頭文字から「VFA」と表記されることもあります。
揮発性脂肪酸の多くは、第一胃の壁から吸収されます。吸収された成分は、生命の維持、成長、妊娠、泌乳などに必要なエネルギーとして利用されます。
ミネソタ大学エクステンションの資料では、揮発性脂肪酸が、牛の必要とするエネルギーの約50~70%を供給すると説明されています。

牛も人間と同じように、体内でブドウ糖を必要とします。ただし、飼料に含まれる炭水化物を、そのまま大量のブドウ糖として小腸から吸収しているわけではありません。
飼料に含まれる炭水化物の多くは、第一胃で微生物によって発酵されます。そのときに作られたプロピオン酸などを材料として、牛の肝臓でブドウ糖が作られます。
牛は、胃の中の微生物が作り出した発酵産物を、主要なエネルギー源として利用しているのです。
第二胃「レティキュラム」は第一胃と一体になって働く
第二胃はレティキュラムと呼ばれ、日本語では網胃といいます。
第二胃の内側には、蜂の巣のような網目状の構造があります。そのため、「蜂巣胃」と呼ばれることもあります。
第一胃と第二胃の間は、完全な壁によって仕切られているわけではありません。内容物が自由に行き来するため、この2つをまとめて「ルーメン・レティキュラム」と呼ぶことがあります。
第一胃と第二胃は連携しながら、食べ物を混ぜたり、口へ戻したり、次の区画へ送ったりします。
十分に細かくなった食べ物や液体は、胃の運動によって第三胃へ進みます。一方、まだ大きな植物片は第一胃内に残るか、食べ物の塊として口へ戻されます。
第二胃が単独で食べ物を選別しているというよりも、第一胃と第二胃が一体となり、粒子の大きさや密度などに応じて内容物を移動させていると考える方が正確です。
牛が食べ物を口へ戻す「反芻」
牛が一度飲み込んだ食べ物を口へ戻し、再びかんで飲み込む行動を「反芻(はんすう)」といいます。
口へ戻された食べ物の塊は、「反芻塊(はんすうかい)」や「食い戻し」などと呼ばれます。
牛は草を食べるとき、最初から完全に細かくなるまでかみ続けるわけではありません。比較的短い時間で飲み込み、その後、落ち着いて休める状態になってから、食べ物を口へ戻してかみ直します。
反芻には、植物を細かく砕く働きがあります。
食べ物が細かくなると、その表面積が広がります。第一胃内の微生物が植物繊維に接触しやすくなり、発酵が進みやすくなるのです。
さらに、反芻によって食べ物に大量の唾液が混ざります。
牛の唾液には、炭酸水素塩など、第一胃内で作られる酸を中和する成分が含まれています。
微生物による発酵が進むと、揮発性脂肪酸などが作られます。唾液による調整が十分に行われなければ、第一胃内が過度に酸性へ傾く可能性があります。
第一胃内の環境を適切に保つことは、微生物が安定して活動するために欠かせません。
ミネソタ大学エクステンションの資料では、成牛が1日に分泌する唾液の量は約50~80米クォートと説明されています。リットルに換算すると、約47~76リットルです。
実際の唾液量は、飼料の種類や、牛がかむ時間によって変わります。
細かく粉砕された飼料を食べる場合よりも、繊維が長い牧草を食べる場合の方が、咀嚼や反芻にかかる時間が長くなります。その結果、唾液も多く分泌される傾向があります。
牛が休みながらゆっくりと口を動かしているのは、単なる癖ではありません。植物を細かくするとともに、第一胃内の環境を安定させるための重要な行動です。
第三胃「オマサム」は水分などを吸収する
第三胃はオマサムと呼ばれ、日本語では葉胃といいます。
第三胃の内部には、薄いひだが何枚も重なっています。その形が本のページや植物の葉に似ていることから、葉胃という名前が付けられました。
第一胃と第二胃で発酵され、十分に細かくなった内容物は、第三胃へ送られます。
第三胃では、内容物に含まれる水分のほか、揮発性脂肪酸や電解質などの一部が吸収されます。
多数のひだによって内側の表面積が広くなっているため、効率よく吸収できる構造になっています。
水分などがある程度吸収された内容物は、その後、第四胃へ送られます。
第四胃「アボマサム」は人間の胃に近い
第四胃はアボマサムと呼ばれ、日本語では皺胃といいます。
4つの区画の中で、人間、犬、豚などが持つ胃に最も近い働きをするのが第四胃です。そのため、「真胃」と呼ばれることもあります。
第四胃には、消化液を分泌する腺が発達しています。塩酸やペプシンなどが働き、主にタンパク質の消化が進められます。
第一胃では、微生物による発酵が行われます。一方、第四胃では、酸と消化酵素による消化が行われます。
第四胃で消化されるのは、牛が食べた飼料だけではありません。
第一胃で増殖した微生物の一部も、内容物と一緒に第四胃や小腸へ運ばれます。微生物を構成しているタンパク質は消化され、最終的にはアミノ酸として牛の体内へ吸収されます。
牛は微生物に植物を発酵してもらうだけでなく、増殖した微生物そのものも、重要なタンパク質源として利用しているのです。
牛が草を栄養に変えられる仕組み
人間が大量の草を食べても、牛と同じように栄養を取り出すことはできません。
人間の消化器官には、牛の第一胃のような大規模な発酵区画がありません。また、人間自身も、セルロースを直接分解する消化酵素を持っていません。
人間の大腸でも、腸内細菌による食物繊維の発酵は行われています。しかし、牛の第一胃に比べると規模が小さく、草の繊維から十分なエネルギーを得ることは困難です。
牛の場合は、第一胃に生息する微生物が、セルロースなどの植物繊維を発酵させ、揮発性脂肪酸へ変えます。
牛はその揮発性脂肪酸を吸収し、体を動かす、成長する、妊娠を維持する、乳を作るといった活動に利用します。
第一胃の微生物は、ビタミンKや一部のビタミンB群も作ります。健康な第一胃を持つ成牛では、通常の飼養条件で必要となる量の多くが、微生物の働きによって補われると考えられています。

ただし、牛がどのような草だけを食べても健康に育つわけではありません。
牛にも、水、エネルギー、タンパク質、ミネラルなどが必要です。必要な栄養量は、年齢、体重、成長段階、妊娠の有無、乳の生産量などによって変化します。
牛が繊維の多い植物を効率よく利用できるのは、4つの区画を持つ胃の構造と、微生物との共生関係があるためです。

牛のげっぷは生命を守る重要な働き
第一胃で微生物が飼料を発酵させると、揮発性脂肪酸だけでなく、二酸化炭素やメタンなどのガスも発生します。
ミネソタ大学エクステンションの資料では、第一胃内で1時間当たり約30~50米クォートのガスが発生すると説明されています。リットルに換算すると、約28~47リットルです。
牛は、発生したガスの多くをげっぷによって体外へ排出します。このガス排出は、専門的には「噯気(あいき)」と呼ばれます。
何らかの理由でガスを正常に排出できなくなると、第一胃が異常に膨らむ「鼓脹症」が起こることがあります。
第一胃が大きく膨らむと、横隔膜が圧迫され、呼吸が難しくなります。さらに、心臓へ戻る血液の流れにも影響が及ぶ可能性があります。
鼓脹症が重症化すると、牛が倒れたり、死亡したりすることもあります。
人間から見ると何気ない現象に思える牛のげっぷは、第一胃で発酵を行う牛にとって、命を守るために欠かせない機能なのです。
金属片が第二胃にたまりやすい理由
牛は牧草や飼料を食べるとき、舌を使って植物をまとめて口へ運びます。
そのため、飼料の中に針金、くぎ、金属片などが混じっていると、十分に選別しないまま飲み込んでしまうことがあります。
飲み込まれた異物のうち、重くて密度の高いものは、第二胃にたまりやすいとされています。
鋭い金属片が第二胃の壁に刺さると、炎症や感染が起こる可能性があります。金属片が胃壁を突き抜けた場合は、周囲の組織にも影響が及びます。
第二胃は、横隔膜や心臓に近い場所にあります。異物が深く進むと、心臓を包んでいる心膜などに炎症が広がることもあります。
このような金属異物による病気は、一般に「ハードウェア病」と呼ばれます。日本語では、異物の位置や症状に応じて、「創傷性第二胃炎」や「創傷性心膜炎」などと呼ばれます。
予防や治療の方法の一つとして、牛に専用の磁石を飲ませることがあります。
磁石を第二胃内にとどめ、飲み込んだ鉄製の異物を付着させることで、鋭い金属片が胃壁に刺さる危険性を下げます。
ただし、磁石に引き付けられない金属には効果がありません。また、すでに異物が胃壁を突き抜けている場合などには、別の処置が必要です。
牛に磁石を飲ませる方法は奇妙に見えますが、重い異物が第二胃に集まりやすい性質を利用した対策です。
生まれたばかりの子牛は第四胃を主に使う
成牛では第一胃が最も大きな区画ですが、生まれたばかりの子牛では、胃の大きさや働きが異なります。
出生直後の子牛は、第一胃、第二胃、第三胃がまだ十分に発達していません。この時期に最も発達しており、消化器官としてよく働いているのは、乳を消化する第四胃です。
子牛が乳を吸うと、「食道溝」と呼ばれる筋肉性の構造が反射的に閉じます。
食道溝が管のような通り道を作ることで、乳は第一胃と第二胃を迂回します。その後、第三胃にある通路を経て、主に第四胃へ送られます。

乳が第一胃や第二胃に繰り返し流れ込むと、微生物によって発酵される可能性があります。発酵によって酸が作られると、第一胃内が強く酸性に傾き、炎症や消化不良などを起こすことがあります。
このように、食道溝が正常に閉じず、乳が第一胃や第二胃にたまる状態は、「ルーメン・ドリンキング」などと呼ばれます。
子牛が成長し、穀物や牧草などの固形飼料を食べ始めると、第一胃と第二胃に微生物の集団が形成されていきます。
微生物による発酵で揮発性脂肪酸が作られると、その刺激によって、第一胃の内側にある「乳頭」という吸収組織が発達します。
牛は、生まれた瞬間から成牛と同じように草を消化できるわけではありません。食生活の変化に合わせて胃が発達し、微生物による発酵環境が作られていくのです。
牛以外にも反芻する動物がいる
4つの区画からなる胃と反芻の仕組みは、牛だけに見られるものではありません。
ヒツジ、ヤギ、シカ、レイヨウ、キリンなども、代表的な反芻動物です。
これらの動物も、一度飲み込んだ食べ物を口へ戻してかみ直します。そして、胃の中に生息する微生物を利用し、植物繊維を発酵させて栄養を得ています。
一方で、植物を食べる動物がすべて同じ方法で消化しているわけではありません。
例えば、ウマは牛のような4区画の胃を持っていません。ウマの場合は、主に盲腸や結腸など、消化管の後方にある部分で植物繊維を発酵させます。
牛のように、消化管の前方で発酵させる動物は「前胃発酵型」と呼ばれます。これに対して、ウマのように腸管の後方で発酵させる動物は「後腸発酵型」と呼ばれます。
同じ草食動物でも、植物から栄養を取り出す仕組みには大きな違いがあります。
まとめ
- 牛の胃は4個の独立した器官ではなく、形や働きが異なる4つの区画から構成されている
- 第一胃と第二胃では、微生物が植物繊維を発酵させ、牛が利用できる栄養へ変えている
- 最も大きい第一胃は、約95~150リットルの内容物を保持できる巨大な発酵槽である
- 発酵によって作られる揮発性脂肪酸は、牛の主要なエネルギー源になる
- 第二胃は第一胃と一体となり、内容物の混合、反芻、次の区画への移動に関わる
- 反芻は植物を細かくするだけでなく、唾液によって第一胃内の酸性化を抑える役割も持つ
- 第三胃では水分や一部の成分が吸収され、第四胃では酸と消化酵素による消化が行われる
- 第一胃で増殖した微生物も消化され、牛にとって重要なタンパク質源になる
- 牛のげっぷは発酵で生じたガスを排出し、鼓脹症を防ぐために欠かせない
- 金属片は第二胃にたまりやすく、胃壁に刺さるのを防ぐため専用の磁石を飲ませることがある
- 生まれたばかりの子牛は第四胃を主に使い、固形飼料を食べるにつれて第一胃が発達する
- 牛のような前胃発酵型と、ウマのような後腸発酵型では、植物繊維を発酵させる場所が異なる
牛の胃は、単に4つに分かれているだけではありません。それぞれの区画が連携し、反芻や発酵を繰り返すことで、繊維の多い草を栄養へ変えています。
牛が静かに草を食べている間にも、その体内では微生物を含む複雑な消化の仕組みが働き続けています。「胃が4つある」という言葉は、その驚くべき仕組みの入口にすぎないのです。
参考文献
- University of Minnesota Extension「The ruminant digestive system」
- MSD Veterinary Manual「The Digestive System of Beef Cattle」
- Mississippi State University Extension Service「Understanding the Ruminant Animal Digestive System」
- United States Department of Agriculture, Agricultural Research Service「Researchers Assemble Genomic “Jigsaw” of Cow Gut Microbes」
- MSD Veterinary Manual「Bloat in Ruminants」
- MSD Veterinary Manual「Reticuloruminal Milk Accumulation (“Ruminal Drinking”) in Calves」
- MSD Veterinary Manual「The Ruminant Digestive System」

