テニスの点数が複雑なのは「時計」が影響している!?【今とは異なる得点方式】

世界中で親しまれているスポーツの一つ、テニス。ルールを詳しく知らなくても、ラケットでボールを打ち合う競技として、多くの人にとってなじみ深い存在ではないでしょうか。

一方で、試合をよく見てみると、ほかのスポーツではあまり見かけない独特なルールや表現がいくつもあります。

第141回雑学調査レポートでは、そんな「テニス」に関する雑学をご紹介していきます。

目次

テニスでは1ポイント目を「15」、2ポイント目を「30」と数える

テニスを初めて見る人が戸惑いやすいのが、独特な点数の数え方です。

サッカーやバスケットボールなどでは、得点すると1点、2点、3点と増えていきます。しかし、テニスの通常のゲームでは、取ったポイント数をそのまま数字で表しません。

0ポイントはLove「ラブ」、1ポイントは15「フィフティーン」、2ポイントは30「サーティ」、3ポイントは40「フォーティ」と呼びます。そこからもう1ポイントを取ると、基本的にはGame「ゲーム」です。

つまり、実際に獲得したポイント数とスコア表示の関係は、「0ポイント=Love」「1ポイント=15」「2ポイント=30」「3ポイント=40」と考えると分かりやすくなります。

『International Tennis Federation』と『USTA』はいずれも、標準的なゲームをこの方法で数えると説明しています。

ただし、4ポイント取れば必ずゲーム終了になるわけではありません。ゲームを取るには、少なくとも4ポイントを獲得したうえで、相手より2ポイント以上多く取る必要があります。

たとえば40-30は、実際のポイント数では3対2です。40側が次のポイントを取れば4対2となり、2ポイント差がつくためゲームを獲得します。

一方、両者が3ポイントずつ取った40-40はDeuce「デュース」です。デュースから1ポイントを取るとAdvantage「アドバンテージ」となり、同じ選手が続けてもう1ポイント取ればゲームを獲得します。反対に次のポイントを相手が取れば、再びデュースへ戻ります。

なお、タイブレークでは15・30・40を使いません。0、1、2、3という一般的な数字で数えます。

15・30・40のルーツは中世フランスの球技にある

では、なぜテニスだけが15・30・40という不思議な数字を使っているのでしょうか。

その背景を知るには、現代のテニスが生まれるより何百年も前までさかのぼる必要があります。

『International Tennis Federation』によると、テニスの起源については複数の説があるものの、現在のテニスにつながる有力なルーツは11~12世紀ごろのフランスにあります。当時、「jeu de paume(ジュ・ド・ポーム)」と呼ばれる球技が行われていました。「jeu de paume」は「手のひらのゲーム」という意味で、もともとは手でボールを打つ競技でした。

その後、手を守るためのグローブや木製の道具が使われるようになり、16世紀にはラケットも登場します。古い形式の競技は、現在もイギリスではReal Tennis「リアルテニス」などの名称で残っています。

重要なのは、15・30・40につながる数え方が、現代のローンテニスよりはるかに古い時代から存在していたことです。

現在は15、30、40と数えますが、昔は「15、30、45」と数えていたことを示す記録があります。

『TIME』がテニス史研究者の研究をもとに紹介した記事では、15世紀の資料に15、30、45というテニスの得点が登場します。1415年のアジャンクールの戦いから数年後に書かれた詩や、1439年ごろにシャルル・ドルレアンが書いた作品などから、15、30、45という数え方が当時すでに知られていたことが確認できます。

つまり、現在の15・30・40は最初からこの形だったわけではありません。「15、30、45」という、15ずつ増える数え方が先にあり、その後に45が40へ変化したと考えられています。

現代のテニスは古い得点方法を19世紀に取り入れた

中世から続いていたテニスと、現在一般的に行われているテニスはまったく同じ競技ではありません。

現在のローンテニスが形作られたのは19世紀です。1870年代には、イギリスのウォルター・クロプトン・ウィングフィールドが屋外で楽しめるテニスを普及させました。

当初のウィングフィールドのルールでは、現在とは異なる得点方式が使われていました。

『International Tennis Federation』によると、1876年に『Marylebone Cricket Club』がウィングフィールドのルールを改定します。その際、それまでの15ポイント先取方式に代わり、古いリアルテニスで使われていたデュースやアドバンテージを含む得点方式が採用されました。翌1877年には最初のウィンブルドン選手権が開催されています。

『TIME』も、1870年代にローンテニスが発展する過程で、古いテニスの15・30・40という得点方法が取り入れられたと説明しています。

つまり、15・30・40は19世紀に新しく考え出された数字ではありません。何百年も前から存在していた得点文化を、現代のテニスが受け継いだものです。

なぜ「15・30・45」だったのかは現在もはっきりしていない

ここで最大の疑問が残ります。

なぜ1ポイント目を1ではなく15としたのでしょうか。

15ずつ増やす理由については、現在まで決定的な答えが見つかっていません。

興味深いことに、16世紀の時点ですでに、この数え方を疑問に思う人がいました。『TIME』によれば、1520年代には「1回のプレーで、なぜ15ポイントを得るのか」「1回なら1、2回なら2ではないのか」という趣旨の疑問が記録されています。

つまり、15・30・45という数え方は非常に古く、数百年前の人々にとっても、その起源が分かりにくいものになっていました。

現在ではいくつかの説がありますが、その中でも特に有名なのが「時計の文字盤説」と「コート上の移動距離説」です。

有名なのは「時計の文字盤を使った」という説

15・30・40の由来として広く知られているのが、時計の文字盤に関係する説です。

イギリスのテニス統括団体『LTA』も、得点方法の歴史を説明する際に、この説を紹介しています。

時計の文字盤を4分の1ずつ進むものとして考えると、得点は次のようになります。

1ポイント目で15、2ポイント目で30、3ポイント目で45、4ポイント目で60です。

60まで到達すれば1ゲームを獲得するという考え方です。

この説なら、昔の得点が15、30、45と15ずつ増えていたことを簡単に説明できます。時計の15分、30分、45分、60分に対応しているからです。

ただし、「実際に中世の人々が時計を得点表示に使っていた」と確認できる決定的な史料があるわけではありません。

『TIME』が紹介する研究でも時計説は複数ある仮説の一つとされており、反対意見もあります。特に、現在の時計のような分針が普及した時期と、15・30・45という得点が記録に登場する時期が合わないという問題が指摘されています。15・30・45という得点は15世紀には確認できますが、時計の分針が登場するのはそれより後だからです。

そのため、「テニスの得点は時計から生まれた」と断定するのではなく、「時計の文字盤に由来すると考える有名な説がある」と理解するのが適切です。

なぜ「45」が「40」になったのか

昔の得点が15、30、45だったのであれば、もう一つ疑問が生まれます。

なぜ現代のテニスでは45ではなく40なのでしょうか。

この理由についても、はっきりと一つに決まっているわけではありません。

『LTA』が紹介する時計説では、デュースとアドバンテージの仕組みに合わせるため、45が40へ変えられたと説明されています。

たとえば両者が40になるとデュースです。そこから1ポイント取った側を50まで進め、さらにもう1ポイント取ったら60としてゲームを終了すると考えます。

数字にすると「40 → 50 → 60」です。

これなら、デュースになってから2ポイント連続で取るという現在の仕組みを、60までの範囲に収められます。

45から始めると、15ずつ増やした場合は次が60になってしまいます。そこで45を40に下げ、40、50、60と進められるようにしたという説明です。

分かりやすい説ではありますが、これだけで45から40への変化が歴史的に証明されているわけではありません。

「45を40と短く呼ぶようになった」という説もある

45が40になった理由については、もっと単純な可能性も指摘されています。

「45という得点を、話し言葉の中で40と短く呼ぶようになった」というものです。

『TIME』の記事では、テニス史研究者ハイナー・ギルマイスターの研究をもとに、16世紀の記録が紹介されています。当時、フランス人の学生がテニスの45にあたる得点を40と短く表現し、教師から本来は45だと訂正された例があるとされています。16世紀のイギリスの文献にも、テニスの得点として40を使用した例があります。

この記録を考えると、誰かが正式なルール変更として突然「今日から45を40にする」と決めたのではなく、長い時間をかけて呼び方が変化した可能性もあります。

現在確認できる資料からは、「デュースを表現しやすくするために40へ変えた」という説明と、「45という呼び方が40へ短縮されていった」という説明などがあります。

したがって、「45が40になった本当の理由はこれ」と一つに決めることは難しい状況です。

コートを「15フィートずつ前進した」という説もある

時計とはまったく異なる説明もあります。

『LTA』が紹介しているもう一つの説は、テニスの祖先であるjeu de paumeのコートと得点を結び付けるものです。

この説では、ポイントを取るとサーブする位置を前へ移動させていたと考えます。

最初のポイントを取ると15フィート前へ進み、2ポイント目を取るとさらに15フィート進むため合計30フィートです。3ポイント目ではさらに10フィート進み、合計40フィートになります。

この15フィート、30フィート、40フィートという移動距離が、そのまま得点の15・30・40になったという説明です。

ただし、この説についても『LTA』は確定した歴史的事実ではなく、得点方法の起源を説明する一つの説として紹介しています。

時計説と同じように、分かりやすい説明ではあるものの、これだけで15・30・40の起源が確定するわけではありません。

15・30・40は「昔の15・30・45」が変化して残ったもの

現在確認できる歴史を順番にたどると、テニスの得点がなぜ不思議に見えるのかが分かりやすくなります。

現代のテニスでは、1ポイント目を15、2ポイント目を30、3ポイント目を40と数えます。一方、15世紀には15、30、45という得点が使われていた記録があります。つまり、もともとは15ずつ増える、現在より規則的な数字だったと考えられます。

その15刻みがなぜ使われ始めたのかについては、時計の文字盤から生まれたという説や、古いコートで選手が移動した距離に関係するという説などがあります。しかし、決定的な理由は分かっていません。

45が40になった理由についても同様で、時計盤の中でデュースとアドバンテージを表現するためという説がある一方、45という呼び方が40へ短縮されていった可能性を示す古い記録もあります。

そして19世紀に現在のローンテニスが整えられる過程で、古いリアルテニスの得点方法が取り入れられました。こうして、中世にまでさかのぼる独特な数え方が、現在のテニスにも残ることになりました。

観戦するときは、複雑な数字として考える必要はありません。「15=1ポイント」「30=2ポイント」「40=3ポイント」と置き換えれば、ゲームの状況を簡単に把握できます。40-40になったらデュースとなり、そこから2ポイント連続で取った側がゲームを獲得します。

まとめ

  • テニスの通常のゲームでは、1ポイント目を15、2ポイント目を30、3ポイント目を40と数える
  • 15・30・40につながる得点方法は、現代テニスよりはるかに古い時代から存在していた
  • 15世紀には、現在の40ではなく「15・30・45」と数えていた記録が残っている
  • 15刻みになった理由は確定しておらず、時計の文字盤説やコート上の移動距離説などがある
  • 45が40になった理由も確定しておらず、デュースへの対応説や呼び方が短縮された説がある
  • 19世紀に現代のローンテニスが整えられる際、古いテニスの得点方法が取り入れられた
  • 現在の15・30・40は、中世から続く古いテニス文化の名残と考えられる

一見すると不思議な「15・30・40」という得点も、その歴史をたどると、中世から現代まで続くテニスの長い歩みにつながっています。

はっきりとした由来が分かっていない部分が残されているのも、このルールの興味深いところです。テニスを観戦するときには、選手のプレーだけでなく、何百年も受け継がれてきた独特なスコアにも目を向けてみてはいかがでしょうか。

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